着陸は果たすも横倒しに

  • 打ち上げ後、地球から離れつつあるオデュッセウス

    打ち上げ後、地球から離れつつあるオデュッセウス (C) Intuitive Machines

オデュッセウスは2月15日15時05分(日本時間、以下同)、フロリダ州のNASAケネディ宇宙センターからスペースXの「ファルコン9」ロケットで打ち上げられた。オデュッセウスは直接月へ向かう軌道に投入された。

ロケットからの分離直後には、探査機の航法システムが、恒星センサーからのデータを受け付けていないことが判明したものの、ソフトウェアをアップデートすることですぐに解決した。

16日と20日には、メタン・エンジンに点火して軌道を修正し、21日には月を回る軌道に入った。

当初、着陸は23日6時24分に予定されていたが、着陸の際に高度を測るのに使用するLIDARのレーザーが出ない問題に見舞われた。調査の結果、レーザーを発振しないようにするための安全スイッチがONのままになっていることが判明した。レーザーは人間の目を傷つける恐れがあることから、地上での作業中には出ないようにしていたが、打ち上げ前にスイッチをOFFにするのを忘れていたのである。しかも、このスイッチは物理スイッチだったため、地上からの操作でOFFにすることもできなかった。

運用チームは対応を考えた結果、NASAのペイロードとして積んでいたNDLを利用することを思いついた。前述のように、NDLはあくまで実験機器であり、オデュッセウスのシステムからは独立していた。そこで運用チームとNASAは協力し、NDLからのデータを、オデュッセウスのコンピューターに送れるように改良した。そのためのソフトウェアの改修はわずか2時間で行われた。

そしてオデュッセウスは、予定から約2時間遅れで月面への降下をはじめ、そして2月23日8時23分、月の南緯約80度の南極域にある「マラパートA」と呼ばれるクレーターの近くに着陸した。

  • 月面に着陸したオデュッセウス

    月面に着陸したオデュッセウス (C) Intuitive Machines

ところが、着陸直後のオデュッセウスの状況はよくわからなかった。着陸から約15分後、オデュッセウスからの信号が地球に届き、「着陸に成功」と伝えられた。しかし、通信になんらかの問題が起きていることがわかり、機体の状態や、着陸前後の画像などは発表されなかった。

丸一日経ったあと、NASAとイントゥイティブ・マシーンズは記者会見を開き、オデュッセウスが横倒しになって着陸していることを明らかにした。また、その結果アンテナが地球のほうを向いておらず、通信が難しいことも明かされた。ただ、機体は原型を保っており、動作もしており、画像などのデータを地球に送る努力を続けているとされた。

横倒しになった要因として、オデュッセウスが着陸時、本来ならまっすぐ下に降りてくるはずが、実際には横方向の速度が秒速1mほどあったことから、着陸脚が地面に引っかかって倒れてしまったというシナリオが考えられるという。また、着陸地点の地形を分析したところ、約12度の傾斜があったことから、脚をすくわれた可能性もあるとしている。

同社はまた、ミッションがまもなく終了するとも述べている。オデュッセウスは太陽電池で稼働するため、着陸地点が夜の期間に入れば機能を停止してしまうからである。また、地球と月の位置関係も関わってくるため、同社では米国時間で27日の朝まで、オデュッセウスと通信を続ける見込みだという。

また、オデュッセウスには月の夜を越える「越夜」機能はないが、同社は次に太陽電池に日が当たるタイミングを見計らい、通信を試みるとしている。

  • オデュッセウスが横倒しになった状況について説明する、イントゥイティブ・マシーンズのスティーヴン・アルテマスCEO

    オデュッセウスが横倒しになった状況について説明する、イントゥイティブ・マシーンズのスティーヴン・アルテマスCEO (C) NASA TV

民間企業にとって大きな一歩

オデュッセウスは、史上初めて月面に軟着陸した民間企業の月探査機となった。民間による月面着陸をめぐっては、2019年にイスラエルの民間団体「スペースIL」が、2023年には日本の宇宙企業「ispace」が、さらに今年1月には米企業「アストロボティック・テクノロジー」が挑んだが、いずれも機体が破壊されるなどの失敗に終わっている。

また、米国の探査機が月に降り立ったのは、アポロ17以来約52年ぶりとなる。さらに、これまでで最も月の南極に近いところに着陸した着陸機にもなった。

もっとも、オデュッセウスの着陸が“成功”かどうかは議論が分かれるところだろう。CLPS契約に基づきペイロードの輸送を依頼したNASAは、オデュッセウスの成果を称えた。バイデン大統領も祝福するメッセージを送っている。

一方、株式市場の反応は正反対で、着陸後に横転したことなどが明らかになると、インテュイティブ・マシーンズの株価は35%近く下落した。

技術的な観点から見ると、横倒しになったとはいえ、機体は原型を保っており、かろうじて通信もできていることから、少なくとも完全な失敗とは言えないだろう。

もっとも、NASAなどから受託したペイロードの輸送や月面での実験の達成率は半々と言えよう。たとえば、コロンビアのオムニヒートインフィニティや宇宙アート、ギャラクティック・レガシー・ラボなどは、壊れずに月面まで運べた時点で成功といえる。また、NDLが予想外の活躍を果たしたことは特筆すべき成果である。

しかし、ROLSESやSCALPSS、ILO-Xなどは、実験や観測ができなかったり、実施できていてもデータを地球に送れなかったりという状況にあり、イーグルカムも現時点では展開できていないなど、目的を達成したとは言い難い。これらの機器にしてみれば、「精密機器在中」と書いていたのに無茶苦茶な状態で届けられた宅配便、あるいは乗っていた飛行機が不時着したようなものであり、CLPSの目的である“月面への輸送サービス”としては落第点であろう。

だが、なにより重要なのは、民間企業が開発し、運用する月探査機が、月面に到達できることを証明してみせたこと、そしてNASAによる「月を民間企業に開放する」という方針が実を結びつつあることである。

そしてまた、オデュッセウスの冒険もまだ終わってはいない。今後、着陸の前後に得られたデータの分析が進めば、なにが起きたのかをより良く理解することができる。イントゥイティブ・マシーンズはすでに2機目のノヴァCの製造も進めており、今回のミッションを通じて得られた教訓を活かし、改良されることになる。さらに、もしかしたらオデュッセウスが月の夜を耐え、復活する可能性もある。

オデュッセウスの叙事詩は、まだ紡がれ始めたばかりなのだ。

  • 月面に着陸したオデュッセウスから送られてきた写真

    月面に着陸したオデュッセウスから送られてきた写真 (C) Intuitive Machines

参考文献

IM-1 | Intuitive Machines
IM-1 Press kit
NASA Tech Contributes to Soft Moon Landing, Agency Science Underway - NASA