横浜市立大学(横市大)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の両者は1月30日、国際宇宙ステーション(ISS)での長期宇宙滞在ミッションに携わった6人の宇宙飛行士から、宇宙飛行前、軌道上ISS滞在中、宇宙飛行後に採取した血清について、包括的な血清プロテオーム解析を行った結果、長期宇宙滞在ミッションに伴い変動するタンパク質を明らかにし、長期間の軌道上ISS滞在が生体内に及ぼす影響や生体内適応メカニズムを理解するための新たな知見を得ることができたと共同で発表した。
同成果は、横市大 先端医科学研究センター プロテオーム解析センターの木村弥生准教授、同・井野洋子特任助教、同・中居佑介共同研究員、同・大平宇志共同研究員、横市大大学院 医学研究科 運動器病態学の熊谷研准教授、ライオンの江頭健二研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、プロテオミクスとその関連分野全般を幅広く扱う学術誌「Proteomics」に掲載された。
微小重力や宇宙放射線、さらにはISSという人工的な閉鎖環境がもたらす高濃度CO2やストレスなど、宇宙飛行士が働く空間は非常に過酷な環境だ。ISSでの長期滞在の後に地球に帰還した宇宙飛行士は、自力では立てないほど筋力が衰えてしまうなど、身体への悪影響があることはよく知られている。
しかしまだ不明な点も多く、特に身体内において誘発される生物学的適応に関連するメカニズムは、そのほとんどが解明されていないという。宇宙飛行がヒトの体内に及ぼす影響を分子レベルで理解し、微小重力などへの適応反応を抑制する対策を講じることは、2030年代以降に計画されている火星への有人探査ミッションにおいて必要不可欠と考えられている。
血液は全身を循環し、さまざまな組織・細胞から分泌または放出されたタンパク質を多く含むため、血液中のタンパク質を網羅的に調べることで生体内の状態を推定することが可能だ。そこで今回の研究では、宇宙飛行士から宇宙飛行前・軌道上ISS滞在中・宇宙飛行後の経時的な血清の採取を実施。そして、プロテオーム(特定の細胞・組織において、特定の条件下で発現しているすべてのタンパク質のこと)の解析技術を用いた網羅的な解析を行い、長期宇宙滞在ミッションに伴う血清タンパク質の量的変動を明らかにすることを目指したという。これにより、長期宇宙滞在ミッションの影響を受けた生体内組織・細胞に生じる、さまざまな変化に関連するタンパク質を検出できると考察したとのことだ。
宇宙飛行前に比べて長期ISS滞在後に骨量減少傾向が示された6人の宇宙飛行士から、血清サンプルが宇宙飛行前(3ポイント)、ISS滞在中(4ポイント)、宇宙飛行後(5ポイント)の計12ポイント採取された。合計72の血清サンプルからデータを取得し、溶血の影響により定量解析に利用できなかった2サンプルを除く合計70の血清サンプルのデータを用いた主成分分析から、血清プロテオームプロファイルは採血ポイントごとに異なることが明らかになった。
また詳細な解析の結果、ISS滞在直後(F1)に血清中量の減少が示されたタンパク質(細胞接着・細胞外マトリックス構成関連タンパク質を含む)の大半は、ISS滞在1か月後(F2)には宇宙飛行前(Pre)のレベルにまで回復しており、このような減少反応の多くは一過性のものであることが確認された。その一方で、ISS滞在直後(F1)に血清中量の増加が示されたタンパク質(自然免疫応答関連タンパク質を多く含む)の多くは、宇宙飛行直後(Post)に宇宙飛行前(Pre)のレベルまで減少したという。
これらタンパク質の量的変動は、打ち上げに伴うストレス応答や宇宙空間での微小重力などの宇宙環境ストレスに対する生体内組織・細胞の適応機構を反映している可能性があるが、その影響は一過性であることが考えられたとする。
また長期宇宙滞在に伴い量的変動を示す血清タンパク質の中には、その影響が地球帰還直後に回復するタンパク質と、1か月程度継続するタンパク質が存在することも明らかにされた。さらに骨代謝関連タンパク質の血清レベルは、長期宇宙滞在ミッションにおける骨代謝状態を示す客観的指標として機能する可能性があるという。
今回の研究は、長期宇宙滞在ミッションに伴う生体内適応メカニズムに関する新たな知見の発見につながり、宇宙飛行士の健康リスク増加を予測できる客観的指標の発見に貢献することが期待されるとする。また今後は、今回の研究成果を骨量減少や筋萎縮に係わるタンパク質の探索にも活用し、臨床応用を目指すとしている。