沖縄科学技術大学院大学(OIST)は9月28日、量子力学の原理を利用した極小のエンジン「量子エンジン」を設計・製作したことを発表した。

同成果は、OIST 量子システム研究ユニットのキールティ・メノン大学院生、同 エロイサ・クエスタス博士、同 トーマス・フォガティー博士、同 トーマス・ブッシュ教授、独 カイザースラウテルン・ランダウ大学、独・シュトゥットガルト大学の研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。

量子力学は、原子や素粒子、分子などの極微な世界の振る舞いを扱う学問だ。そうしたミクロの世界では、マクロの世界に生きる我々の常識に反するような、奇妙な現象の数々が起きることが知られている。今回の研究では、その量子力学を利用して動力を生み出す量子エンジンの開発を試みたという。

通常の内燃機関のエンジンでは、ガソリンなどの燃料と空気が混ざった混合気がシリンダー内で点火され、その爆発的な燃焼によってシリンダー内のガスが加熱される。そして、そのガスの熱膨張を利用してピストンを往復運動させ、それを何段階もの仕組みを経て動力として取り出している。

それに対して量子エンジンでは、熱の代わりに、ガス中の粒子の量子的性質における変化を利用することでエンジンとして機能させるという。その鍵となるのが、自然界に存在するすべての粒子が、ボース粒子(ボソン、ボゾンとも)かフェルミ粒子(フェルミオンとも)のどちらかに分類されるという点だ。

ボース粒子とフェルミ粒子は、量子力学的にはスピン角運動量の大きさの差で分類される。ボース粒子の場合は整数倍、フェルミ粒子の場合は1/2や3/2といった半整数倍のスピンを持つといい、より具体的には、ボース粒子は素粒子間の相互作用を媒介する光子、ウィークボース粒子、グルーオン、そしてヒッグス粒子などのほか、中間子が仲間である。一方のフェルミ粒子は物質を構成している素粒子だ。クォークやレプトン(電子やニュートリノなど)に加え、素粒子ではないが、クォーク3個で構成される核子(陽子と中性子)もフェルミ粒子の仲間だ。

このように、ボース粒子とフェルミ粒子は素粒子としてまったく性質が異なるのだが、量子効果が重要となる超低温ではまた条件が変わってくる。ボース粒子はフェルミ粒子よりも低いエネルギー状態にあり、このエネルギー差をエンジンの動力に利用できるというのである。要は、量子エンジンはボース粒子をフェルミ粒子に変化させ、または元に戻すことで動力に利用するという。

ボース粒子からフェルミ粒子へ、またはフェルミ粒子からボース粒子へと、まったく性質の異なる両者の間を行ったり来たりするには、スピンが重要になる。上述したようにフェルミ粒子のスピンは半整数倍なので、同じフェルミ粒子を2個くっつけて分子とした場合、全体で見た時にスピンは整数倍となるのでボース粒子として扱えるようになるのである。そして、今度はこの分子を分解することで、フェルミ粒子を再び取り出すことが可能だ。これを繰り返し行うことで、熱を使わずにエンジンを動かすことができるようになるという。

  • 量子エンジンは、ボーズ粒子の気体を圧縮し、フェルミ粒子の気体を減圧する。

    量子エンジンは、ボーズ粒子の気体を圧縮し、フェルミ粒子の気体を減圧する。画像制作:Mirijam Neve(出所:OIST Webサイト)

研究チームによると、今回の量子エンジンの設計・製作は概念実証であり、我々のマクロな世界ではなく、量子力学の扱うミクロの世界でしか機能しないとする。今回の研究は概念実証をしたものであり、自動車などにおいて実際に使うことのできる量子エンジンを開発するためには、まだまだ多くの課題が残されているという。たとえば、温度が高くなりすぎると、熱が量子効果を破壊してしまう点などだ。それを避けるため、システムをできるだけ低温に保つ必要がある。つまり、現段階では繊細な量子状態を保護するためにはかなりのエネルギーが必要となってしまっているとする。

しかし量子エンジンの効率は非常に高く、ドイツの共同研究チームが構築した現在の実験の設定では、最大で25%も効率を高められることがわかったとのこと。こうしたことから量子エンジンは、急成長している量子テクノロジー分野のさらなる進展につながる可能性を秘めているとする。

研究チームは今後、システムの動作に関する基礎的な理論的課題に取り組み、性能を最適化し、バッテリーやセンサなど、ほかの機器への応用の可能性についても調査する予定だとしている。