2023年10月4日(日本時間)、量子ドット(Quantum Dot:QD)が2023年のノーベル化学賞として選出されたことが発表された。このニュースに、ディスプレー業界の関係者からは、喜びと共に驚きの声があがった。量子ドットは既にディスプレーに応用され、ハイエンドの大画面TV等の製品が市場に出始めて今後の広がりが期待されている。一方で、これまでディスプレーの技術と産業を牽引してきた液晶や有機ELも、ノーベル賞の候補として業界関係者が長年期待してきた技術であった。既に大きな産業として育てあげた液晶や有機ELを追い越して、これから成長するであろう量子ドットが先にノーベル賞を受賞したことに対する驚きである。過去の実績よりも将来への期待を込めた受賞であるとの見方も多い。

ノーベル化学賞受賞がディスプレーの追い風に

ノーベル化学賞の余韻が覚めやらない10月後半の24日-25日に韓国Seoulで「Phosphors and Quantum Dots Industry Forum」が開催された。例年、北米で開催されてきた会議であり、今年始めてアジアでの開催となった。その背景には、量子ドットの現在の主要なアプリケーションであるディスプレーがアジアの産業になっていることがある。更には、これまで量子ドットをディスプレーに積極的に採用してきたSamsungが韓国の企業だということもある。

量子ドットをテーマにしたこの会議では、当然のことながら、それぞれの登壇者がノーベル化学賞受賞に対する祝福と今後への期待を語っていた。その筆頭はNanosysである(図1)。Nanosysは、2001年に創立した量子ドットのベンチャーであり、創業者の一人が今回のノーベル化学賞を受賞したMoungi Bawendi博士であり、Louis Brus博士も創業時のアドバイザーとして参画している。

  • QD Industry Forumに登壇したNanosysのDr.Zhong Sheng Luo氏の講演風景

    図1 QD Industry Forumに登壇したNanosysのDr.Zhong Sheng Luo氏の講演風景。冒頭でノーベル化学賞受賞に至るヒストリーを解説し、発見から開発および商業化への道のりを説明した

「QLED」を目指した研究者の増加と発表が急増した国際会議「IDW」

量子ドットはディスプレーに限っても4通りの応用方法がある。Photo-Luminescenceによる色変換効果をLCD、OLED、マイクロLEDのそれぞれに適用する手法と、Electro-Luminescenceによる自発光のQLED(QD-EL)である(図2)。

  • 量子ドットのディスプレーへの4通りの応用方法

    図2 量子ドットのディスプレーへの4通りの応用方法(筆者が作成)

ディスプレー国際会議「IDW」では、“Special Topics of Interest”として毎年の注目されるトッピックスを集中的に取り上げてセッションを構成している。

2023年12月に新潟で開催されたIDW'23では、“Quantum Dot Technologies(QDT)”のトピックスに対して、MEET(Workshop on MEMS and Emerging Technologies for Future Displays and Devices)セッションを中心に、OLEDのセッションも含めて合計9つのセッションで報告が行われた。QLEDに関する発表も多く、ここ1~2年は発表数も急増している。この背景にはこれまで有機の自発光デバイスであるOLEDの開発に関わってきた大学の研究者や企業が、無機の自発光デバイスであるQLEDを次世代のデバイスと期待して参入していることもある様だ。ここでは主に海外からの発表が多く、逆に以前から量子ドットの開発に携わっていた日本の大学の研究者は減っている。更に、量子ドットの一種として議論されているペロブスカイトに対しても海外からの発表が多く見られるが、こちらも中国を中心とした海外勢が発表の大半を占めている。

ブランド製品のネーミングは企業のイメージ戦略で左右される

量子ドットのノーベル化学賞受賞が発表される丁度1ヶ月前の9月初めに、Nanosysが昭栄化学工業に買収されたことが公表された

Nanosysは創業以来、量子ドットの先駆者として産業化に取り組み、2013年にソニーがQD Visionの技術を使った業界初の量子ドット搭載TVを出したのをきっかけに、Nanosysも量子ドットをシート化したQDEF(QD Enhancement Film)を投入し、ディスプレー市場で主導権を握ってきた。

量子ドットはディスプレーの性能、特に色域を飛躍的に向上させる技術として期待され、QD材料メーカーだけでなく周辺のサプライチェーンに関わる多くの企業が参入した。しかし、QD事業化の道のりは決して順調ではなかった。撤退する企業や事業の見直し、買収などの動きも多々見られた。既存技術であるOLEDとの差異化やコスト面での厳しい競争が上述の買収の背景にある。

セットメーカーとしては、Samsungが量子ドットの採用を積極的に進めてきた。研究所での材料開発や系列企業でのQD材料の製造を推し進め、液晶TVへQDシートを搭載して色域を高めたTVを「QLED」と銘々しハイエンド品に位置づける戦略を取った。「QLED」という単語は、本来業界では自発光のQD-ELデバイスを指す言葉であったが、液晶TVがコモディティー化してOLEDに比べて廉価版のイメージを持たれていたため、「Quantum」という言葉によって巻き返しを図った。時代を先取りしたとブランド戦略という見方もできる。

最近は、液晶ディスプレーのバックライトにミニLEDを搭載した製品がハイエンド品として量販店に並ぶようになった。ミニLED搭載によって、コントラスト比をOLED並に高めた製品である。このミニLED搭載品では、量子ドットフィルムも併せて採用されるのが一般的であるが、量販店での製品アピールの際に、「量子ドット」が表示されることが少なかった。ミニLEDによるコントラスト向上を前面に出すイメージ戦略である。しかし、直近で量販店を見て回ると、「ミニLED+量子ドット」という言葉も見かけるようになってきた。ノーベル化学賞受賞によって「量子ドット」が未来を感じさせるイメージとして一般にも認知され始めたのかもしれない。

DXからQXへの進化を創り出す量子マテリアル

最近、DXやQXという言葉を耳にすることが多い。「デジタル変革」を意味するDX(Digital Transformation)から量子技術を利用して社会のさまざまな分野で革新を起こそうとするQX(Qunatum Transformation)へと更に一歩進もうとする考えである。急速に増加する膨大なデータや複雑化する社会の課題に対応していくための方向であり、量子コンピュータを中心にした量子マテリアルが重要な役割を果たす。

量子ドットも量子マテリアルの1つであり、様々な可能性を秘めている。ディスプレー以外の分野で既に使われているPhoto-Luminescence効果をバイオ、農業などへ適用した事例や、量子ドットのPhot-Electric変換を利用した太陽電池やセンサーなど、様々な応用が提案され実用化に向けた開発が世界各地の企業によって進められている(図3)。

  • 量子ドット基本動作原理と応用分野

    図3 量子ドット基本動作原理と応用分野。ディスプレーから実用化が始まり、今後はディスプレー分野以外への広がりも期待される。更には、メタマテリアルなどの新たな物質との融合で従来には無い特性のデバイスが生み出されることも期待される(業界の会議等で発表された内容から筆者が作成)

更には、今後の技術や社会の方向を変えていく重要な材料となるであろうメタマテリアルとの組み合わせによって、材料単体では得られない特異な特性を創り出すことも出来る。メタマテリアルは、自然界には存在しない特殊な構造を持つ人工的な材料であり、光や電磁波などに対して通常の材料ではできない特性を生み出すことができる。その事例として、IDW'23の発表の1つを取り上げる。自発光QLEDとメタキャビティー構造との組み合わせで、発光の半値幅特性を劇的に向上させた。量子マテリアルの可能性とメタマテリアルを融合させることによって新たな価値を生み出すことが出来る事例であり、Quantumの未来が目指す方向であると言える(図4)。

  • QDとMeta Cavityを組み合わせ半値幅1nmの非常に狭い発光ピークをQLEDで実現

    図4 QDとMeta Cavityを組み合わせ半値幅1nmの非常に狭い発光ピークをQLEDで実現(IDW'23, MEET6-1での中国Southern University of Science and Technologyの講演から)

筆者は、量子ドットが2013年に液晶TVに採用された頃から、この材料のビジネスに関わる視点で追いかけており、国際会議や展示会イベント等で大学や企業の方々と交流してきた。今回のノーベル化学賞受賞を機に、産学連携のコミュニティーとして「量子ドットフォーラム(仮)」を立ち上げるべく、産業界やアカデミアの方々とディスカッションしているので、ご関心ある方は声をかけていただければと思っている。

このような素晴らしい材料や技術を是非日本で発展させて欲しいと思い企画を進めているが、現状では上記の事例で示した様にように、学会発表の場でも海外勢、特に中国からの発信が増えているのが実情である。今や、技術や製品に国境は無く、技術の拡散や製品化のスピードも増しており、むしろ海外勢との協調が重要なのかもしれない。量子ドットのノーベル化学賞の受賞は米国籍を持つ研究者が獲得したが、開発の初期から実用化に至るヒストリーを多くの方々から改めて教えていただき、そこには日本の研究者も大勢関わっていたことも知ることができた。今回のノーベル化学賞をきっかけに、量子ドットを含めた量子マテリアルの分野でより大きなネットワークが生まれて、技術の進化が加速されることを期待している。