東京理科大学(理科大)は12月15日、海藻の成分である「アルギン酸塩」と「炭酸カルシウム」(CaCO3)の混合水溶液に炭酸水を加えるという簡便な合成法により、低接着性かつ低膨潤性の創傷治療用ゲルを開発することに成功し、同ゲルが高い創傷治癒効果を有すると同時に、臨床使用されているゲルで生じる創傷部の一時的な拡張を防げることを実証したと発表した。
同成果は、理科大大学院 理学研究科 化学専攻の手島涼太大学院生、理科大 理学部 第一部応用化学科の大澤重仁助教(現・東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 特任助教)、同・大塚英典教授、理科大 薬学部 薬学科の吉河美季大学院生(研究当時)、同・河野弥生客員准教授、同・花輪剛久教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、天然高分子に関する全般を扱う学術誌「International Journal of Biological Macromolecules」に掲載された。
創傷治療用ハイドロゲルの設計には、皮膚の動きに追従するための「接着性」と、組織からの滲出液を吸液するための「膨潤性」を付与することが通説とされる。しかし、皮膚に接着した状態で滲出液を吸収してゲルが膨張すると、創傷部も一緒に拡張してしまう危険性があった。そのため、不明だったゲルの接着性・膨潤性と創傷部の拡張についての相関性を解明し、より創傷部に優しく、より高機能な創傷治療用ゲルを開発することが求められていた。
研究チームは、先行研究開発により、海藻の成分である天然多糖類のアルギン酸を原料としたハイドロゲルが、創傷治療に応用可能な材料であることを明らかにしていた。そこで今回の研究では、そのアルギン酸を原料とする創傷治療用ゲルの実用化を目指したという。
はじめに、アルギン酸カリウムとCaCO3の混合溶液に炭酸水を加え、CaCO3濃度の異なる3種類のアルギン酸ゲルが合成された。すると、3種類とも3次元の網目構造が形成されており、変形に強いことが確認された。一方で、CaCO3濃度が増加するとゲル化時間が短縮されるが、ゲルの透明性や架橋度の低下につながることもわかった。
次に、ヒト皮膚線維芽(NHDF)細胞に対する、アルギン酸ゲルの生体適合性と細胞接着性の評価を実施。その結果、3種類ともNHDF細胞の生存率がほぼ100%だったという。またNHDF細胞は、ポリスチレンプレート上で培養された場合は細長く伸びて接着していたのに対し、アルギン酸ゲル上で培養された場合は3次元凝集構造の「スフェロイド」を形成していることが判明。このことから、アルギン酸ゲル表面では細胞接着性が低いことが解明された。以上の結果から研究チームは、アルギン酸ゲルが、創傷被覆材として十分に高い生体適合性と低細胞接着性を有していることが実証されたとする。
さらに、CaCO3濃度が0.20w/v%のゲル(Alg-Ca0.20)のマウスの皮膚組織に対する接着性と膨潤性が評価された。比較対象として臨床使用されているハイドロゲル創傷治療材(ビューゲル)が使用されたとのことで、このビューゲルは15、30、45%のひずみに対し、それぞれ7122、8306、9052N/m2(Alg-Ca0.20の11.9~16.5倍)の皮膚接着力を示したという。また、ビューゲルの生理食塩水の吸収に伴う重量変化は226%で、Alg-Ca0.20の1.9倍以上になることも明らかにされた。以上の結果から、Alg-Ca0.20はビューゲルよりも低接着性・低膨潤性を有することが実証された。
そして最後に、アルギン酸ゲルの低皮膚接着性・低膨潤性創傷治療材としての効果を実証するため、Alg-Ca0.20とビューゲルを創傷モデルマウスに貼付して、その創傷治癒効果が評価された。創傷面積の変化が経時的を測定したところ、両者における創傷治癒効果に有意差はなかったことから、Alg-Ca0.20はビューゲルに匹敵する高い治療効果を示すことが示唆されたと結論付けている。
一方、ビューゲルで覆われた創傷部はその接着性と膨潤性により、一時的に面積が拡大することが判明。面積拡大は創傷治癒の初期にのみ観察され、これは初期段階に多量の滲出液でゲルが大きく膨潤したことが原因と推測された。Alg-Ca0.20はビューゲルよりも低皮膚接着性と低膨潤性を持つため、このような創傷部位の拡張を抑制できたとし、これらの結果は、これまでの創傷治療用ゲルと真逆の特性である低接着性・低膨潤性が、ゲルの膨潤によって引き起こされる創傷部の拡張を防ぐことを示唆しているとする。
今回の研究では、臨床使用されている医療材料の課題に着目し、廃棄材料から高機能な創傷治療用ゲルの開発が実現された。研究チームによれば、医療素材にはまだまだSDGsの視点が不足しており、今回の研究成果は、次世代の医療用素材の設計におけるベンチマークの1つになりうるとしている。