東北大学は9月13日、外部に電流を漏らさずに電気浸透流を発生させ、かつ制御性と安全性を併せ持つ、細径チューブ型のハイドロゲル製ピペットの開発に成功したことを発表した。

  • 電気浸透流ピペットの構造と原理、および脳モデルへの挿入。

    電気浸透流ピペットの構造と原理、および脳モデルへの挿入。(出所:東北大プレスリリースPDF)

同成果は、東北大大学院 工学研究科の照月大悟助教、同・西澤松彦教授(東北大大学院 医工学研究科・高等研究機構 新領域創成部兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、ナノテクノロジーを含む材料科学に関する学際的な分野を扱う学術誌「Advanced Functional Materials」に掲載された。

微量の溶液を精密にマニピュレーション(吐出と吸引)することは、創薬のための細胞実験や、体内埋め込みデバイスによる薬剤投与など、バイオ医療分野のさまざまな場面で重要な基本操作である。この操作では、シリンジポンプなどを用いた外部からの圧力制御が一般的だが、昨今のバイオ医療デバイスは圧力が伝わり難い柔軟な材料で構成されるため、精密な送液制御が困難になっていることが課題であり、制御性に優れる電気式システムの開発が望まれていたという。

そこで期待されているのが、電気浸透流(EOF)の利用だ。しかし、通常のEOFポンプは外部にも電極を必要とするため、送液の際に内外を流れる電流が、脳神経や筋組織をはじめ各種細胞・組織の電気応答性(電気走性など)を刺激してしまうことが課題となっていた。そこで研究チームは今回、EOFを高効率で発生するアニオン(陰イオン)性およびカチオン(陽イオン)性のハイドロゲルを調製し、これら両極性のハイドロゲルを接合させた新構造のハイドロゲル製EOFポンプによって漏電の問題を解決したとする。

研究チームはまず、新たに開発した送液法の原理検証に着手したとのこと。アニオン性ハイドロゲル(A-ハイドロゲル、PAMPS)と、カチオン性ハイドロゲル(C-ハイドロゲル、PAPTA)、および中性ハイドロゲル(N-ハイドロゲル、アガロース)を組み合わせ、シリコーン樹脂製チューブへの充填が行われた。

その結果、同じゲルの組み合わせ(AA、CC)では浸透流による吐出が起こらず、ACの組み合わせではANやNCの場合の2倍程度の送液が起こったといい、期待通りの結果だったとする。また、A-ハイドロゲルとC-ハイドロゲルに発生するEOFの向きが逆であるため、イオン電流がデバイス内部をループし、接合部で同一方向の吐出(もしくは吸引)が起こるというメカニズムが確認できたという。

  • 両極性ハイドロゲルの組み合わせと電気浸透流ピペットの輸送特性。

    両極性ハイドロゲルの組み合わせと電気浸透流ピペットの輸送特性。(出所:東北大プレスリリースPDF)

次に、外径1mmのシリコーンチューブにA-ハイドロゲルとC-ハイドロゲルを充填させ、柔軟な細径チューブ型ピペットを作製し、性能評価を行ったとのこと。すると、一定流速の吐出・吸引が電流値で制御され、チューブを結んでも性能が変わらなかったという。柔軟で安定な細径チューブ型ピペットは、体内深部への薬剤送達を可能とし、ハイドロゲル電極などのほかの柔軟デバイスへの搭載も容易だとしている。

また、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の塊(スフェロイド)に向けて薬剤輸送を行った際、外部にも電極を設置する従来法では、電気刺激の影響を受けてスフェロイドの拍動が2倍程度に速まってしまったのに対し、新しい構造の電気浸透流ピペットでは自律拍動(約1Hz)のままだったとのことだ。

  • (a)柔軟性と安定性、(b)脳表ゲル電極への一体化、(c)心筋細胞スフェロイドを用いて行われた、電気刺激を伴わないことの実証。

    (a)柔軟性と安定性、(b)脳表ゲル電極への一体化、(c)心筋細胞スフェロイドを用いて行われた、電気刺激を伴わないことの実証。(出所:東北大プレスリリースPDF)

今回の研究で開発された新構造の電気浸透流ピペットは、電気刺激を伴わない安全性と高い制御性、およびハイドロゲル特有の柔軟性と安定性を有することが特徴だ。研究チームは、それらの特性を活かして、脳深部などの体内局所や医療用カテーテルを通した血管内における薬剤投与、および体液サンプリングなどに広く有用だと考えられるとする。

また、今回開発したピペットは柔軟デバイスへの搭載が容易なため、コンタクトレンズからの投薬や、抗炎症剤などの徐放(少しずつ長時間放出され続けること)によって神経電極の長期埋込を支援するなど、微小液体マニピュレーションのプラットフォームとして多様な応用が期待されるとしている。