大阪大学(阪大)は12月6日、nmスケールの細孔である「ナノポア」内のイオンの流れを利用した温冷自在の熱デバイスを開発したことを発表した。
同成果は、阪大 産業科学研究所(産研)の筒井真楠准教授、同・川合知二招へい教授、東京大学大学院 工学系研究科の大宮司啓文教授、同・徐偉倫准教授、産業技術総合研究所の横田一道研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、先端テクノロジーに関する基礎から応用までを扱う学術誌「Device」に掲載された。
モノを電気で冷やす便利な道具の1つに「ペルチェ素子」がある。同素子は、負の電荷を持つ電子と正の電荷を持つホールのどちらかをより多く含む半導体を使った技術。たとえば、電子を多く含む半導体に電圧を加えると電子が一方向に動き、その時、電子は電気だけでなく熱も運ぶため、半導体の両側には温度差が生じる。この現象は「ペルチェ効果」と呼ばれ、静音かつ小型な冷蔵庫やクーラーとしてすでに実用化されている。
そして、生理食塩水などのイオンを含む液体中にも、負の電荷の陰イオンと正の電荷の陽イオンが存在する。そこで研究チームは今回、電圧を加えた時に、陰イオンまたは陽イオンだけが一方向に流れる状況を作ることができれば、ペルチェ素子と同様にイオンの流れで液体を冷却する技術も可能になるはずと考えたという。
その実現にあたっての課題は、生理食塩水には同じ程度の陽イオンと陰イオンが含まれている点だ。そのため、生理食塩水で満たされたナノポアに電圧を加えても、その中には陰イオンと陽イオンの両方が流れてしまい、冷却効果は得られないとする。そこで研究チームは今回、陽イオンだけが流れる極めて小さなナノポアの開発を目指したとしている。
同研究ではまず、二酸化ケイ素(シリカ、SiO2)薄膜中にさまざまな形状・構造のナノポアを加工し、そこに生じるイオンの流れが調べられた。その結果、ナノポアの直径を50nmにまで小さくすると、二酸化ケイ素の表面にある負電荷の影響で、陰イオンは電気的な反発力を受けナノポアを通過しなくなり、陽イオンだけがナノポアを流れるようになることが確認された。
次に、そのナノポアのすぐ脇にナノサイズの温度計を設置し、一方向の陽イオンの流れに伴うペルチェ効果によってナノポア近傍の温度がどのように変化するかを測定したとのこと。その結果、ナノワットレベルのわずかな電力で効率的にナノポア近傍の空間を冷却できることが発見されたという。さらに、ナノポアの両側を塩濃度の異なる生理食塩水で満たすと、簡単な電圧制御で、冷却だけでなく昇温も可能な温冷器になるのを実証することにも成功したとする。
イオンの流れが、電熱ヒータと同じような原理で発熱現象を伴うことは、これまでの研究から理解されていた。それに対し今回の研究では、極小のナノポアに現れる特殊なイオン流を用いることで、加熱だけでなく冷却まで可能になることが発見された。この熱制御技術は、多孔質膜で実践すれば大面積を高効率に加熱/冷却できる厚さ数十nmの薄膜デバイスになり、省スペースや軽量化が要求されるスマートフォンなどのモバイル端末に実装可能な加熱/冷却用シートモジュールへの応用が期待されるという。
また、発電技術への応用展開も考えられるとのこと。ペルチェ効果は、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する「ゼーベック効果」の逆の現象であり、実際に今回の研究の中でも、電圧の代わりに温度差を与えると熱起電力が観測され、約3mV/Kに達するゼーベック係数が得られたとし、これは固体の熱電材料に比べて1桁高い値だという。さらに研究チームの以前の研究で、ナノポアは海水/河水の塩濃度差を利用した発電に応用できることも確認済みとのことで今後は今回の研究成果を基に、塩濃度差と温度差を組み合わせることで、ナノポア発電素子の大幅な性能向上が期待されるとしている。