昨今、商用宇宙衛星システムへの関心が高まるとともに投資が増えています。2021年以降、個人投資家が宇宙関連企業への民間セクター投資に235億ドル以上を投入しており、SpaceXやAmazon(Kuiper) などの大手テクノロジー企業は、グローバルなブロードバンドアクセスを拡大するために宇宙構想を立ち上げました。
衛星通信は歴史的に、音声通信、防衛、宇宙探索に使われてきましたが、低軌道衛星(LEO)が以前より導入されるようになり、衛星の打ち上げにかかるコスト面での障壁が低減され、新たな使用用途が生じました。こうした変化に伴い、衛星サイズの小型化(SpaceXの最新型Starlink LEOはキッチンテーブルほどの大きさしかありません)、そして同時に複数のLEO打ち上げを実現できるという2つの要因により、経済的利益をもたらします。しかしそんなLEOは、コスト面で衛星通信システムの実現を容易にする一方で、複雑さが増すことから、ドップラーシフト、干渉、およびネットワークの複雑性を管理するエンジニアが必要となります。
衛星通信システム導入を推進するトレンド
ユビキタス接続(実質的にデバイスがどこからでもデータを作成、共有、および処理できる環境)は、LEOの導入を推進する主要なトレンドの1つです。地上系無線通信インフラの構築は進展していますが、地方や海洋など世界の大部分では、コストや地理的な理由によりセルラー接続が整備されていません。衛星通信は、無線通信業界が都市部と地方地域の間の接続格差の縮小させる上での重要なテクノロジーです。
LEOは、セルラーのアクセシビリティだけでなく、セルラー能力も改善します。Statistaで公開されている次の市場データをもとに考えてみましょう。現在、世界中には約46億人のスマートフォンユーザーが存在し、インターネットに接続されたデバイスの数は2030年までに290億台以上になると予想されています。つまりインターネットの利用者数は増加しており、グローバルセルラーシステムの需要も高まっています。現状、商用衛星は必ずしも費用対効果が高くないことから、無線企業は地上系インフラストラクチャへの投資を継続しています。ただし、LEOのコストは低減されてきており、特に遠隔地おける帯域幅の制限に対処するための実用的な選択肢として注目されています。
さらに、極端な気象現象の威力や頻度が増していることから、災害復旧のための通信手段として、衛星通信の導入を推進することがトレンドになっています。災害発生時には、セルラーインフラストラクチャの障害が頻繁に発生するため、ファーストレスポンダー、政府関係者、住民が重要な安全情報を送受信できるような衛星のアクティベーションが必要になります。ハリケーン「イアン」により地上系のセルラーインフラストラクチャが破壊され、Starlinkが被害を受けた際には、フロリダ南西部およびその他の地域の通信用に120基の衛星が配置され、その妥当性が確認されました。
信号レイテンシおよび電力増幅
LEO以前は、衛星通信システムには主に静止軌道衛星(GEO)が使用されていました。適切に経度の間隔をとり、地球の自転と同じ速度で回転する3基のGEO衛星は、実質的に地球全体をカバーすることができます。こうした衛星は、いくつかのクロスリンクを介して地球を網羅できますが、LEOよりも組み立てと打ち上げに多くのコストがかかります。さらに、GEO衛星は地上からと互いの距離が遠いため信号に遅延が生じており、メールや他の非リアルタイムの通信では問題ないものの、電話やビデオ通話では大幅な遅延が生じ、自然なコミュニケーションが困難でした。
LEOはGEOよりも地表に近いため、信号遅延が格段に改善されます。しかし送信機は、LEOとの通信に地上系ネットワークよりも多くの電力を必要とします。これは、地上系ネットワークの信号の移動距離が5km~10kmであるのに対し、LEOの信号は最大2000kmという長距離であり、大きな信号損失が生じるためです。
LEOのサイズの小ささは利点でもありますが、設計上の課題でもあります。LEOのパワーアンプ(PA)は、物理的に小さいながらも意図するターゲットに信号を送信するのに十分な電力出力が必要となります。衛星エンジニアにとって、高電力入力で動作させる場合でもPAに線形特性があることが理想的です。しかし下の図では、PAを過度に動作させると信号が大きく歪む場合があることが示されています。送信機のデジタルプリディストーション(DPD)サブシステムにより、こうした歪みを抑制することができます。
DPDは、PAの出力信号がより線形になるよう、信号に対して“逆PA”特性を適用します。Communications ToolboxにもあるDPDツールなどでは、結果向上のためにAIを使用することが増えています。
RFリンク、光学リンク、およびフェーズドアレイ
衛星通信システムにLEOを使用する場合は、干渉も課題となります。最大の理由は、現在6000基近くのLEOが軌道上にあることです。
衛星通信システムでは、長い間にわたって従来のRFリンクが使用されてきましたが、可能な場合にはエンジニアが光学リンクを選択することが多くなっています。広いビームが他の受信機にまで及び、干渉の原因となる従来のRFリンクに比べと、光学ビームパターンは極めて狭い範囲に収まっており、光学システムでは信号の拡散が制限されるため、干渉は大幅に軽減されます。
さらに衛星エンジニアは、フェーズドアレイを使用することもできます。フェーズドアレイは、コンピュータ制御された複数のグループのアンテナであり、異なる方向を差し示す電子走査が可能なビームを生成します。これにより空間的に干渉を無効にし、エネルギーを地上の特定のスポットに向けることができます。フェーズドアレイシステムは、目標とする信号方向のビームエネルギーを最大化し、干渉の方向にビームヌルを挿入するため、信号対干渉雑音電力比(SINR)を最大化します。
ドップラー効果および周波数偏移
GEOとは異なり、LEOが地球を周回する速度は、地球の自転の速度とは異なります。これは、LEOが絶えず受信機に向かって動いたり受信機から遠ざかるように動いたりすることを意味します。この運動によりドップラー効果が生じるため、衛星エンジニアによる管理が必要になります。
エンジニアリング用語では、ドップラー効果は送信機または受信機の運動による伝送波と受信波の周波数の差を指します。ドップラーの課題に対しては、衛星エンジニアが絶えず変化するLEOの中心周波数を取得して追跡する必要があります。
送信機および受信機の周波数と位相は、波形の正常な復調を確保するため完全に固定する必要があります。ただし、大きなドップラーシフトは、周波数、位相、およびタイミングの同期がずれる原因になります。結果的にドップラー誘導周波数オフセットを除去するため、複数の閉ループをこれらの受信機に実装することが必要になります。フレーム、シンボルタイミング、搬送波周波数、および搬送波位相のレベルで同期を発生させる必要があります。
LEOは、その魅力ある短期的および長期的な使用用途によって大きな注目を集めています。Appleのような企業がすでに衛星通信ネットワークに参入していますが、これは始まりに過ぎません。衛星通信は無線業界にこれからも影響を与え続けるため、エンジニアは、LEOの活用法、課題、および実現技術に習熟していることが必要です。
著者プロフィール
Mike McLernonMathWorks
Principal Technical Marketing Engineer