米国商務省は9月22日(米国時間)、「CHIPS and Science Act of 2022(CHIPS法)」における国家安全保障ガードレールの最終確定版を発表した。

この最終規則は、商務省が2023年3月に公表した規則原案に対して国内外の半導体業界、学界、労働団体、業界団体などの利害関係者からの提案を慎重に検討したうえで制定されたもので、同省では、資金受領者が懸念される外国で半導体製造を拡大することを制限することなど、CHIPSインセンティブプログラムに適用される国家安全保障措置を規定している。具体的には、

  • CHIPS法に基づく資金受領者がその資金を米国外での半導体施設の建設、改造、改善に使用することを禁止する。
  • CHIP法の資金受領者に対し、授与日から10年間、対象国におけるほとんどの半導体製造への投資を制限する。
  • CHIPS法の資金受領者が、国家安全保障上の懸念を引き起こす技術または製品に関連する外国の懸念対象団体との特定の共同研究または技術ライセンスの取り組みに従事することを制限する。
  • これらのガードレールに違反した場合、同省は連邦財政援助の全額を取り戻すことができる。

懸念国での工場拡張に制限

この最終版では、これらの国家安全保障のガードレールの詳細と定義がさらに以下のように規定されている。

  • 同法は、裁定日から10年間、懸念される外国の最先端施設における半導体製造能力の大幅な拡大を禁止する。この規則では半導体製造プロセスに加えて、(結晶引き上げなどの)ウェハ製造も定義に含まれる。具体的には、製造能力の拡大のための取引を捕捉することを目的とし、施設の生産能力を5%以上増加させることが定義されているが、資金提供先が通常の業務上の設備アップグレードや効率改善を通じて既存の設備を維持できるように配慮している。
  • 同法は、懸念国におけるレガシー施設の拡張および新規建設にも制限を設けており、資金受領者が施設の生産能力を10%を超えて拡大するような新しいクリーンルームや生産ラインを追加することを禁止している。
  • 同法は、限られた状況下で企業が懸念国でレガシーチップの生産を拡大することを認めているが、半導体は国家安全保障にとって重要なものと分類され、量子コンピューティング、放射線集約環境、およびその他の特殊な軍事能力に使用される現行世代および成熟ノードのチップを含む、米国の国家安全保障のニーズにとって重要な独自の特性を持つチップを対象としており、そのリストは、国防総省および米国情報機関との協議により作成されている。
  • 同法は、対象企業が、国家安全保障上の懸念を引き起こす技術や製品に関連する外国の懸念企業との共同研究や技術ライセンス供与に従事することを制限。懸念される外国企業には、懸念される外国によって所有または管理されている企業、産業安全保障局(BIS)企業リストおよび財務省の中国軍産複合体企業(NS-CMIC)リストに掲載されている企業、およびその他の関連企業が含まれる。この制限は、特許ライセンスを含む国際標準に関連する活動や、資金受領者がファウンドリおよびパッケージングのサービスを利用できるようにする活動など、既存の事業に必要で国家安全保障を脅かさないいくつかの種類の活動には適用されない。

米国のパートナーおよび同盟国との国際連携

同省は、この規則の策定にあたり、米国のパートナーおよび同盟国からの広範な意見と協力に感謝の意を示しているほか、今後もイノベーションを推進し、サイバーセキュリティの脅威、自然災害、パンデミック、地政学的紛争などに対する回復力を備えた健全な世界的な半導体エコシステムをサポートするために、国際的な同盟国やパートナーとの連携を継続していくとしている。

具体的には、CHIPS法の施行にあたり、日本、韓国、インド、英国との約束やインド太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework)、欧州連合・米国貿易及び技術協議会(European Union-United States Trade and Technology Council)、およびNorth American Semiconductor Conferenceを通じて、欧州連合-米国貿易および技術評議会、北米半導体会議を通して米国のパートナーおよび同盟国と緊密な連絡を取り続けていき、今後も米国のパートナーや同盟国と緊密に連携して、これらの共通の目標を推進し、集団安全保障を推進し、世界的なサプライチェーンを強化していくとしている。

ジーナ・レモンド商務長官は、「バイデン政権の最優先課題の1つは、米国と同盟国やパートナーの技術的リーダーシップを拡大することであるが、これがCHIPS法の施行によって可能になった。これらのガードレールは国家の安全を守り、米国が今後数十年に渡り先を行くのに役立つだろう。CHIPS法は、基本的に国家安全保障の取り組みであり、我々が同盟国やパートナーと協力して世界のサプライチェーンを強化し、集団安全保障を強化し続ける中、これらのガードレールは、米国政府の資金を受け取っている企業が国家安全保障を損なうことがないようにするのに役立つ」と述べている。

半導体関連企業に米国か中国かの選択を迫る米国政府

米商務省は、今年3月に発表された規制原案に関して世界中から寄せられたパブリックコメントを慎重に検討したうえで最終規則を制定したとしているが、最終確定版の内容は各国政府や企業、業界団体の意見はほとんど生かされてはいないように見える。7月にIntelのPat Gelsinger CEOらが首都ワシントンD.C.に出向いて中国ビジネスに関して緩和を求めたが、その要請も聞き入れた様子はなく、議会強硬派の圧力もあってかバイデン政権の強引さが浮き彫りになったように見受けられ、結局のところ、米国政府は半導体企業に米国を選ぶか中国を選ぶかの選択を迫っている状況と言えるだろう。

なお米国政府は6月以降、CHIPS法に基づく補助金応募受付を始めており、事前調査で460社が応募に興味を示しているというが、審査は極めて厳格で、まだ支給先決定の発表は出ていない。日本企業も応募可能だが、補助金を受ける企業は中国への投資が厳しく制限されるため、応募に際しては、今後の自社の戦略を含め慎重な検討が必要だろう。