産業技術総合研究所(産総研)は9月21日、量子コンピュータの量子ビットを制御するための高周波信号を極低温下の量子チップと室温部との間で伝送する高周波コンポーネントの反射・伝送特性(Sパラメータ)を、絶対温度4K(約-269℃)~300K(約27℃)の任意の温度において評価する技術を開発したことを発表した。

同成果は、産総研 物理計測標準研究部門 電磁気計測研究グループの荒川智紀研究グループ付、同・昆盛太郎研究グループ長らの研究チームによるもの。詳細は、IEEEが刊行する物理現象の測定・監視・記録用機器の開発や使用に関する全般を扱う学術誌「IEEE Transactions on Instrumentation and Measurement」に掲載された。

  • 今回の技術の役割の概念図

    今回の技術の役割の概念図(出所:産総研Webサイト)

実用的な100万量子ビット以上の量子コンピュータを実現するには、膨大な数の高周波コンポーネントが必要となる。そのため、異なるSパラメータを持つ多数の同装置を組み上げた時に、全体として所望のSパラメータを実現するため、使用温度におけるSパラメータの評価方法が強く求められていた。しかしこれまでは、測定温度やコンポーネントとの接続方法が限定的で、汎用的な評価手法として不十分だったという。

そこで今回の研究では、新たに低温環境下での高周波計測に着目し、その基本のSパラメータを任意の温度で測定する技術の開発に挑むことにしたとする。そして、独自に開発されたカスタム冷凍機と機械式の高周波スイッチを利用することで、冷凍機中において高周波信号の振幅と位相を校正し、4~300Kの広い温度範囲で、26.5GHzまでの2ポートのSパラメータの測定が実現されたとした。

今回の測定システムにおけるカスタム冷凍機の特徴は、機械的なヒートスイッチによって、4~300Kまでの任意温度に制御可能な温調ステージを実現している点だ。大きさや端子配置が異なっていても測定できるよう設計されており、さまざまな形状、大きさの高周波コンポーネントに対応できるという。

  • 測定システムの概念図

    (左)測定システムの概念図。(右)温調ステージ上のセットアップ。※画像は、原論文の図が引用・改変されたもの(出所:産総研Webサイト)

高周波校正には2ポート校正手法のSOLT校正が採用された。今回の手法では高周波スイッチ(1入力6出力)によって3種類の標準器(ショート、オープン、ロード)と任意の伝送路(ここでは「フラッシュスルー」または同軸ケーブル)を切り替えて測定が行われ、校正が実行された。また汎用性を高めるため、測定対象のコネクタはプラグ端子とジャック端子の双方に対応可能とされた。

  • フラッシュスルーの伝送特性の結果

    (左)フラッシュスルーの伝送特性の結果。(右)同軸ケーブルの伝送特性の結果。※画像は、原論文の図が引用・改変されたもの(出所:産総研Webサイト)

室温での一般的な高周波校正と比べ、今回の手法には標準器の温度依存性や高周波スイッチの経路間のばらつきといった追加の誤差要因が存在するという。その影響を検討するため、SOLT校正を行った後に、特性が既知で温度に依存しない測定対象として、フラッシュスルーの測定が行われた。系統誤差は最大0.12dBで、主に高周波スイッチの経路間のばらつきに起因することがわかった。一方、標準器の温度変化などに起因する相対的な誤差は、最大0.04dBに抑えることに成功。特に、温度変化に起因する10GHzでの誤差は、4~300Kの範囲において、伝送損失で0.01dB、遅延時間で0.05ps程度とした。

  • 実時間解析によって得られたパルス信号に対する同軸ケーブルの伝送損失と遅延時間の温度依存性ン

    実時間解析によって得られたパルス信号に対する同軸ケーブルの伝送損失(左)と遅延時間(右)の温度依存性。※画像は、原論文の図が引用・改変されたもの(出所:産総研Webサイト)

その他にも、各標準器の温度依存性についての検証が行われ、今回の校正手法によるSパラメータの測定精度が定量的に評価された。各温度における同軸ケーブルの伝送特性については、4Kと20Kではほぼ同じ振る舞いが示されたとする。フラッシュスルーの結果と比較すると、ここで観測された伝送損失の変化は測定誤差でないことがわかるとした。

また反射測定では、10GHzで30dB以上の感度を実現できたという。測定されたSパラメータを解析することで、高周波信号の伝送を特徴づけるパラメータを温度の関数として評価することも可能になるとする。実時間解析によって得られたパルス信号に対する伝送損失と遅延時間の温度依存性を調べると、それらの値は温度の低下と共に緩やかに増加するが、20K以下ではほぼ一定になることが確認された。

また、複数の材料パラメータの影響を受けるサーキュレータに関しても測定が行われ、周波数の関数としての伝送損失が、温度に強く依存するという結果が得られたとした。

  • サーキュレータを測定するセットアップ

    (左)サーキュレータを測定するセットアップ。(右)伝送特性の結果。※画像は、原論文の図が引用・改変されたもの(出所:産総研Webサイト)

なお今回の手法は、産総研 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センターにおける量子ハードウェアのテストベッドに導入され、産業界向けに測定サービスの提供を開始する予定だという。

そして今後は、量子コンピュータの大規模集積化に貢献するため、高周波コンポーネントを開発・製造する企業や研究機関、団体などと連携していくとした。さらに、今回の手法を基に、4~300Kまでの材料パラメータの測定、フラットケーブルなどの評価といった計測技術の開発を行い、産業界に向けた新たな計測ソリューションの提供に取り組むとしている。