九州大学(九大)、大阪大学(阪大)、ファインセラミックスセンター(JFCC)、科学技術振興機構の4者は9月13日、計算とデータ科学を用いて「プロトン伝導性酸化物」の設計指針を構築し、たった一度の実験で非従来型プロトン伝導性酸化物を複数合成することに成功したと共同で発表した。

同成果は、九大 エネルギー研究教育機構の清水雄太大学院生(九大 稲盛フロンティア研究センター/九大大学院 工学府材料 物性工学専攻)、同・兵頭潤次特任助教(現・九大 I2CNER附属エネルギーシステムデザイン研究センター 准教授)、同・山崎仁丈教授(九大大学院 工学府 材料工学専攻兼任)、阪大大学院 工学研究科 マテリアル生産科学専攻の藤井進助教、JFCC ナノ構造研究所の桑原彰秀主席研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、環境発電やエネルギーの変換・貯蔵などに使用される材料に関する全般を扱う学術誌「Advanced Energy Materials」に掲載された。

  • 今回の研究で開発された非従来型プロトン伝導性酸化物の効率的探索手法

    今回の研究で開発された非従来型プロトン伝導性酸化物の効率的探索手法。計算とデータ科学により新規プロトン伝導体の設計指針が提案され、得られた知見に基づいて2種類の候補材料が合成されたところ、それぞれたった一度の実験で非従来型プロトン伝導体であることが確認された。(出所:九大プレスリリースPDF)

「固体酸化物形燃料電池」は、二酸化炭素の排出なしに水素燃料からの直接発電が可能な電気化学デバイスだ。その高性能化のため、プロトン(陽子=水素イオン)を高速伝導できる固体電解質の開発が求められている。それには、ドーパント固溶、水和反応、プロトン伝導の3種類の条件を満たすホストとドーパントの組み合わせを見つける必要がある。既知の酸化物だけでも数万にのぼる化合物が知られており、それらとドーパント元素の組み合わせは膨大な数になってしまう。従来型の研究アプローチでは発見できる確率があまりにも低いため、これまではペロブスカイト型酸化物以外ではまり探索が行われてこなかったとする。

  • ペロブスカイト型BaZrO3(左)と、今回の研究でプロトン伝導性酸化物として発見されたシレナイト型Bi12SiO20(中)、およびユーリタイト型Bi4Ge3O12(右)の結晶構造

    ペロブスカイト型BaZrO3(左)と、今回の研究でプロトン伝導性酸化物として発見されたシレナイト型Bi12SiO20(中)、およびユーリタイト型Bi4Ge3O12(右)の結晶構造(出所:九大プレスリリースPDF)

そこで研究チームは今回、材料科学シミュレーションとデータ科学を活用することにより、効率的に新しいプロトン伝導性酸化物を探索する枠組みを開発することにしたという。

第一原理計算を用いると、プロトン伝導のしやすさ、水和反応の起こりやすさ、ドーパントの固溶しやすさを個別にかつ高精度に評価することが可能だ。それが、さまざまな結晶構造を持つ酸化物に対して系統的に実施され、プロトン伝導性酸化物開発のためのデータが大量に収集された。

そして、その中でも特に探索が難しい部分、水和反応とドーパント固溶のデータに対して機械学習を行うことで、材料のどのような要素が水和しやすさ、ドーパントの固溶しやすさに影響を与えるのかの解釈がなされた。すると、ペロブスカイト型構造が水和においてもドーパント固溶においても、構造的に非常に有利であることが判明したという。これまでの探索でペロブスカイト構造が中心とされてきたのは理にかなったものだったのである。

一方、ほかの結晶構造はドーパント固溶においては不利であるものの、ホスト化合物とドーパント元素の化学的特徴(イオン半径、電気陰性度など)を適切に選択すれば、この構造的不利を克服可能であることも明らかにされた。その設計指針に基づくと、「鉛添加Bi12SiO20」および「ストロンチウム(Sr)添加Bi4Ge3O12」が、新規プロトン伝導性酸化物の有力な候補であることが見出された。

  • 機械学習によって明らかにされた鉛添加Bi12SiO20の構造的・化学的特徴がドーパントの固溶しやすさに与える影響

    機械学習によって明らかにされた鉛添加Bi12SiO20の構造的・化学的特徴がドーパントの固溶しやすさに与える影響(出所:九大プレスリリースPDF)

そして実際に合成されそれぞれたった一度の実験で、これらがプロトン伝導性酸化物であることが実証できたとする。材料科学シミュレーション、データ科学および実験の融合により、新規プロトン伝導性酸化物の開発が大幅に加速されたといえるとした。

今回発見されたプロトン伝導性酸化物のうち、鉛添加Bi12SiO20は、シレナイト型の構造を持つ化合物としても、14および15族の陽イオンのみで構成された化合物としても、世界初のプロトン伝導体だという。既知のプロトン伝導性酸化物のほとんどは、Sr2+、Ba2+、La3+といったサイズの大きい陽イオンを含むが、その常識が覆された形だ。

またBi12SiO20中では、ペロブスカイト型構造とは異なる特殊なプロトン伝導経路が形成されるが、それにも関わらず、ペロブスカイトに匹敵する高速なプロトン伝導性を示すことが確認された。ただし、材料中に取り込むことが可能なプロトンの数がペロブスカイトには及ばないため、電解質としての性能はあまり高くないが、今後の周辺材料探索や最適化によって改善する余地は大いにあるとする。

今回の研究では、ほかにもさまざまな非ペロブスカイト型のプロトン伝導性酸化物候補が提案されたという。それを起点に、プロトン伝導性酸化物の探索範囲が大幅に拡張され、固体酸化物形燃料電池の開発が進展することが期待されるという。また、今回開発された手法は、一部を改変することによって、ほかの材料科学の応用分野にも適用することが可能だとする。これにより、さまざまな分野で革新的材料開発が加速的に実行されることが期待されるとした。