ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)は、電磁波ノイズを利用した業界初のエナジーハーベスティング(環境発電)用モジュールを開発した。これに関連して13件の特許を申請しており、2023年11月から製品サンプルの提供を予定している。

  • ソニーセミコンダクタソリューションズの電磁波ノイズを利用したエナジーハーベスティング用モジュール

    ソニーセミコンダクタソリューションズの電磁波ノイズを利用したエナジーハーベスティング用モジュール (提供:ソニーセミコンダクタソリューションズ)

PCやモニター、家電、照明、自動販売機、エレベーター、自動車のほか、ロボットなどの産業用機器から発生する電磁波ノイズを、高効率に電力に生成するのが特徴だ。数10μW~数10mWの電力を得て、低消費電力型のIoTセンサーや通信機器などを稼働させることができる。

  • 電磁波ノイズエネルギーを利用したエナジーハーベスティングの仕組みのイメージ図

    電磁波ノイズエネルギーを利用したエナジーハーベスティングの仕組みのイメージ図 (提供:ソニーセミコンダクタソリューションズ)

ソニーセミコンダクタソリューションズ アナログLSI事業部チューナー製品部の吉野功高氏は、「従来は、注目されていなかった電磁波ノイズを、新たな電力源として有効活用することができる技術」と位置づけ、「数Hz~100MHz帯の電磁波ノイズを電気エネルギーに変換し、低消費電力型のIoTセンサーや通信機器などの稼働に必要な電力を安定的に生成して供給できるほか、二次電池への充電も可能になる。電子機器が通電していれば、待機時においても電力収穫が可能であり、屋外を問わず、さまざまな用途で利用できる」とした。

  • 吉野功高氏

    ソニーセミコンダクタソリューションズ アナログLSI事業部チューナー製品部の吉野功高氏

エナジーハーベスティングは、IoT社会の発展と持続可能な地球環境の両立に貢献する技術として注目を集めており、2030年度には、現在の約10倍となる95億個のエナジーハーベスティング機器が活用されるとの予測もある。

エナジーハーベスティングでは、電波や光、熱、振動などの分野での研究が進んでいるが、今回の技術は、電気を使用するあらゆる機器から発生する電磁波ノイズを利用して電力を生成すること点で新たな取り組みとなる。

「スイッチングレギュレーターやインバータ制御などで発生するノイズをエネルギーに変えることができる。ノイズとして捨てている部分を活用する技術であり、本体のエネルギー供給に影響することなく利用できる。アースを活用した方がより多くのエネルギーを獲得できるため、オフィスや工場での利用には適している」としたほか、「電波発電に比べると大きな電力が常時取れること、周波数にあわせた専用アンテナが不要であること、構成がシンプルであるため、小型で安価なモジュールを作れることが特徴である。ノイズを得るためには、対象となる機器が通電している必要があるが、得られた電力だけでセンサーなどが動作することがわかれば、取り続ける電力だけで半永久的に稼働する。センサーのために電池交換を行う必要がなくなる」という。

技術を確立したきっかけはユニークだ。

SSSでは、国内シェアで100%を誇るテレビチューナーモジュールの開発や、スマートフォン(スマホ)などに活用されているケーブルアンテナ技術で高い実績を持つが、これら技術の開発においては、ノイズを抑えて、感度を高める研究を進めてきた経緯がある。厄介者の扱いとして、電磁波ノイズに関するノウハウを蓄積してきたというわけだ。

「ノイズや電波障害対策には、かなり苦労をしてきたが、これを逆手に取り、電界を有効活用し、エネルギーに変えることができないかと考えた。2019年秋ごろから検討を開始した」という。

今回の技術では、電磁波ノイズの発生源である電子機器などの金属部を、アンテナの一部として活用。さらに電気への変換効率を高める整流回路を用いた独自の構造を採用している。

「アンテナを構成する2つのエレメントの長さを、波長の2分の1になるように調整すると、エネルギーが最大化することに着目した。エレメントのひとつを、ノイズが発生している大きな金属体に接続し、もうひとつのエレメントをアースにつなぐことで大きな電位差が発生する。これにより、さまざまな周波数からエネルギーを取り込むことができる」という。

開発したモジュールは、数Hz~100MHz帯の電磁波ノイズをターゲットにしている。このような低い周波数帯の方がエネルギー量を獲得しやすいという。また、機器のまわりに止まり、他の機器には影響しにくいという特性があるため、低い周波数帯での電磁波ノイズに対しては、規制が比較的緩いという傾向にあり、この考え方はグローバル共通であるという。つまり、今回、開発した電磁波ノイズを利用したエナジーハーベスティング用モジュールは、海外展開がしやすいともいえる。

  • 電磁波ノイズ活用エナジーハーベスティングモジュールの特長

    ソニーセミコンダクタソリューションズの電磁波ノイズ活用エナジーハーベスティングモジュールの特長 (提供:ソニーセミコンダクタソリューションズ)

さらに、太陽光や電波、温度差を用いた他のエナジーハーベスティング方式による電力生成とは異なり、光の明るさや室内環境など使用環境の影響を受けることなく、持続的なハーベスティングが可能になるという点も特徴のひとつになる。

モジュールは、構成する部品点数を抑えることで、7mm角で、薄さ1.2mmという小型化を実現。設置の自由度を高めている。

  • ソニーセミコンダクタソリューションズの電磁波ノイズ活用エナジーハーベスティングモジュールのサイズ

    ソニーセミコンダクタソリューションズの電磁波ノイズ活用エナジーハーベスティングモジュールのサイズ (提供:ソニーセミコンダクタソリューションズ)

「振動や熱、光では素子が必要になるが、電磁波ノイズでは特別な素子が不要であり、整流回路と過充電防止回路をつけるだけで、蓄電素子に充電ができる。設置も簡単にでき、通電されていれば、半永久的に利用できる。通電が止まった場合にも電池の蓄えている部分が利用できる」という。想定される用途は幅広いといえそうだ。工場内のロボットやオフィス内のモニター、照明のほか、店舗や家庭のモニターやテレビ、冷蔵庫などから常時発生する電磁波ノイズが利用できるため、これらに設置した低消費電力型IoTセンサーや、通信機器などが稼働できる。

実験によると、冷蔵庫の場合では、11.37V、50μAの環境では、0.57mWのエネルギーを得られる。温度、湿度、照度、気圧などのセンサーの稼働ができ、Bluetoothによってデータを1分間隔で送信することができるという。

また、工場に設置したアームロボットでは、30V、0.4mAの環境において、12mWのエネルギーを確保。人感センサーや光電センサー、異常検知機といった各種センサーのほか、BluetoothやLWPAなどの省電力の通信機器にエネルギーを供給し、収集したデータを送信、蓄積したデータを分析することで、課題の見える化が可能になり、スマート工場の実現に貢献できるとしている。

テレビが発生する電磁波ノイズを利用して、テレビのリモコンに充電する仕組みができれば、電池を交換することなく、半永久的にリモコンを使用するといったことも想定できそうだ。さらに、災害時に蓄電した電気を活用したりといった用途も見込まれ、冷蔵庫や自動車に取りつけておいたラジオに、モジュールを通じて電気を蓄えて、非常時に利用するといった用途も期待できる。

また、電子機器などから発生する電磁波ノイズを収穫し続けるため、収穫電圧の変化を検知して、電子機器内部の状態把握を可能にするといった使い方も可能だ。「照明が正常に点灯していることを検知したり、モーターを内蔵したロボットなどの故障予知を行ったりといった応用も期待できる」という。

ソニーセミコンダクタソリューションズ アナログLSI事業部チューナー製品部の豊田晃行統括部長は、「小型、軽量であることを生かして、センサーモジュールの中に容易に組み込めるのが特徴である。技術的にはもっと小さくすることができるほか、このサイズを維持しながら、他の機能を追加するといったことも可能である」とし、顧客ニーズにあわせたモジュール開発を進める姿勢をみせた。

  • 豊田晃行統括部長

    ソニーセミコンダクタソリューションズ アナログLSI事業部チューナー製品部の豊田晃行統括部長

また、吉野氏は、「IoT機器の普及や高度化とともに、増加するIoT機器への電力供給の問題が注目されるなか、高い効果と幅広い応用が期待できるエナジーハーベスティング技術には注目が集まっている。電力循環モデルの構築と、持続的なIoT社会の発展に貢献することを目指したい」としながら、「まずは、スマート工場のセンサー電源としての活用を検証していくことになるが、今後は、さまざまなパートナー企業との連携により、用途を模索し、応用できる範囲を広げていきたい」としている。