横浜国立大学(横国大)、慶應義塾大学(慶大)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の3者は8月9日、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」内に設置された細胞培養実験装置を活用することで、さまざまな低重力環境を再現し、地球の砂や月・火星衛星(フォボス)などのレゴリス模擬土など、各種粉粒体の流動特性の測定に成功したことを共同で発表した。
同成果は、横国大 工学研究院の尾崎伸吾教授、慶大 理工学部の石上也准教授、JAXA 宇宙科学研究所の大槻真嗣准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、宇宙の微小重力の影響に関する全般を扱う学術誌「npj Microgravity」に掲載された。
月や火星、小惑星などの表層は、細かい砂であるレゴリスで覆われており、その流動特性の重力依存特性を研究することは、それらの天体への着陸機やローバーの設計・開発、さらには各種ミッションの事前検証において重要だ。現在、それらの検討にあたっては数値シミュレーションが行われているが、各種力学モデルのパラメータや初期条件の確かさは、研究者の“推定”に依存しているのが現状である。
また、低重力環境における砂の振る舞いを観測するため、現在は航空機のパラボリックフライト(放物線飛行)や、落下塔が利用されている。しかし、これらの方法では安定した長時間の低重力環境の再現は難しく、レゴリスの流動挙動の重力依存性を検証するための十分な測定結果を得ることは困難だったという。
そこで研究チームは、きぼうモジュール内に設置されているターンテーブル型の細胞培養実験装置を活用して遠心力による人工重力を操作し、粒子自体の挙動、粒子群が示す相互作用力など、低重力が砂の特性に及ぼす影響を調査する「Hourglassミッション」を実施したとする。
今回の実験では、アルミナビーズや東北硅砂などの地球の砂に加え、月、火星およびフォボスのレゴリス模擬土など、8種類の粉粒体が用意され、それらを真空状態で封入した砂時計型の実験装置「Hourglass box」が、ターンテーブルに90度ごとに4つ搭載された。
ISS内の微小重力環境下においてターンテーブルの回転速度を制御することで、各天体の低重力環境が再現され、その上で砂時計型の装置が遠心力方向に対して繰り返しひっくり返された。そして、各種粉粒体が人工重力下において、その方向に流動落下する様子がカメラで撮影され、それぞれの流動特性の測定に成功したという。
その後、実験結果を正しく解釈するために、自然重力と人工重力環境下での流動挙動の違いについて数値シミュレーションが実施された。なおこの解析には、粉体工学分野や土質力学分野で実績のある個別要素法が利用された。解析の結果、粉体の流動速度に関連する排出口上部の堆積状態は、自然重力環境と人工重力環境とで良く一致することが確認できたとする。
その一方で、流動速度の測定結果の回帰分析により、流動速度の重力依存性は、良く知られた「Beverloo則」に低重力条件下でも従うことが解明された。さらに、これまで仮説の域にとどまっていた低重力条件下での流動速度は、砂の種類によっては、重力の大きさの平方根(√G)に比例することが実証された。それに加え、回帰分析の結果から、砂のかさ密度が重力と共に減少することを示唆する結果が得られたとのことで、これらの結果は、将来の宇宙探査機の開発や各種ミッションの検討の際に、不可欠となる低重力条件下における天体表層条件の設定指針となり得るとしている。
人工重力環境下では、粒子が一旦排出されると無重力状態(ISSでは微小重力)となり等速運動を示すのに対し、自然重力環境下では等加速度運動を示すことから、底面到達時の速度には両者で差異が見られたという。加えて、人工重力環境では、回転系から慣性系への移行に伴い、粒子は落下中にコリオリ力の影響を受けるのに対し、今回の実験装置の落下距離の範囲では、それらの影響は重力条件が及ぼす流速に対するそれよりも小さいことが確認できたという。このような数値シミュレーションによる検証により、今回の実験は自然重力における粒状流の重力依存性を十分に再現できていることが確認できたとする。
研究チームによると、今回の研究で得られた砂の流動特性やかさ密度の重力依存性の結果は、目標となる天体表面の環境条件、特に地球と異なる重力環境下でのレゴリスの力学的特性の決定や予測に資することが考えられるという。一例を挙げれば、目標天体の素性の良い地盤初期状態を設定可能になるとする。それにより、レゴリスが置かれている重力の大きさに強く依存する着陸機の地盤反力や、ローバーの走行能力の数値解析の精度向上に寄与し得るとのことだ。また、これまで多水準のパラメトリックスタディを進めることで最悪ケースを想定してきたやり方から脱却し、より効率的な検討も可能となるとしている。