明治大学(明大)と鳥取大学(鳥大)の両者は7月28日、体細胞クローニング技術と人工染色体技術を組み合わせることにより、ヒト人工染色体を導入したブタの作出に成功したことを共同で発表した。
同成果は、明大 バイオリソース研究 国際インスティテュートの渡邊將人研究員、同・大学 農学部生命科学科の長嶋比呂志教授(同・大学 バイオリソース研究 国際インスティテュート所長兼任)、鳥大 医学部生命科学科の香月康宏教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、遺伝性疾患および後天性疾患の治療や矯正のための核酸ベースの治療法に関するオープンアクセスジャーナル「Molcular Therapy-Nucleic Acids」に掲載された。
ブタは食用家畜としてのイメージが一般的だが、生物としてヒトとは解剖学的・生理学的に類似しており、実験動物として医学研究にも利用されている。マウスも実験動物として数多くの研究で貢献していることが知られているが、マウスでは再現できないヒトの病態をブタではかなり忠実に再現できることも示されているという。
現在では、ヒトの疾患を模倣した病態モデル動物の作出において、CRISPR-Cas9などのゲノム編集技術が開発されたことで、ブタにおいても遺伝子改変を効率的に行えるようになったことから、病態モデルブタを含め数多くの遺伝子改変ブタが作出されている。しかし、非常に巨大な遺伝子を導入した遺伝子改変ブタの作出はいまだにチャレンジングな課題となっているという。
ヒトおよびマウス人工染色体は、任意の巨大遺伝子や複数の遺伝子を導入できる画期的な運び屋(ベクター)であり、これを利用した染色体導入技術で、任意の哺乳類細胞から任意の哺乳類細胞へ人工染色体を運ぶことが可能である。また、体細胞クローニング技術では細胞からダイレクトに個体(クローン)を生産することが可能とする。
そこで今回の研究では、体細胞クローニング技術と人工染色体技術を組み合わせ、非常に巨大なヒトジストロフィン遺伝子全長が搭載されたヒト人工染色体「DYS-HAC」を、「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」(DMD)を発症するブタの細胞へ導入し、DYS-HACが導入された遺伝子改変ブタの作出に取り組み、同時にヒト人工染色体によるDMDの病態に対する治療効果も検討することにしたという。
まず、微小核細胞融合(MMCT)法により、ヒトジストロフィン遺伝子全長を含むDYS-HACをDMDブタ由来の線維芽細胞へ導入し、このDYS-HAC導入細胞を体細胞クローニングの核ドナーとして利用。構築されたクローン胚を借り腹(レシピエント)ブタへ外科的に移植し、4頭のDYS-HACクローンブタ産仔、つまり、人工染色体が導入されたブタの作出に世界で初めて成功したとする。
DYS-HACベクターには、蛍光マーカーとして緑色蛍光タンパク(GFP)が合わせて搭載されている。今回得られた4頭のDYS-HACブタ全頭でそのGFPの蛍光が観察され、全身にDYS-HACベクターが導入されていることが確認されたという。
通常、DMDを発症するブタは生後1か月以内に約75%が死亡するとされているが、今回の研究で作出されたDYS-HAC導入DMDブタは、1か月齢時で全頭の生存を確認。後肢運動機能の回復、筋ジストロフィーの病態マーカーの1つである血中クレアチンキナーゼ値の有意な改善も認められたという。また、DYS-HACブタの筋肉における組織学的解析では、導入されたDYS-HACベクター由来のヒトジストロフィンが産生されていることが明らかになったとし、遺伝性疾患の治療に対する人工染色体の有効性が示唆されたとする。
それに対し、DYS-HACはマウスでは安定的に細胞内(核内)で保持されることが示されているが、ブタにおいては経時的に脱落することが観察され、使用する動物種に適した新規人工染色体開発の必要性も明らかになったとした。
体細胞核移植技術と人工染色体技術により作られる「Tcpig」は可能性を大きく秘めた新たな遺伝子改変ブタの1つとして加わり、今後は再生医療や異種移植など、多くの医学研究にも貢献することが期待されるという。さらに今回の研究により、メガベース単位の巨大遺伝子を導入したブタの作出が可能となったことは、医学・医療研究分野のみならず、畜産・農学分野の発展にも貢献することが期待されるとした。