宇宙航空研究開発機構(JAXA)らは7月6日、JAXA相模原キャンパスの宇宙探査フィールドにおいて、将来の月面インフラ構築に向けた実証実験の様子を公開した。この実証実験では、ランダーの着陸拠点の構築を想定。月面を模擬した砂地の環境下にて、小型ロボットを使った土質調査や整地作業などのデモが行われた。

  • 宇宙探査フィールドにて実施された着陸拠点構築のデモ

    宇宙探査フィールドにて実施された着陸拠点構築のデモ

これは、国のムーンショット型研究開発事業の1つである「多様な環境に適応しインフラ構築を革新する協働AIロボット」(CAFE)の一環として実施されているもの。地上での災害対応などもテーマに含まれており、東京大学 大学院工学系研究科 特任教授の永谷圭司氏がプロジェクトマネージャを務める。

プロジェクトの概要紹介動画。2050年までの実現を目指すという

永谷プロマネは、「通常、ロボットは決まった環境で精密に動かすもの。しかし行ってみないと分からないような状況でも、なんとか生き延びて仕事をする。このプロジェクトでは、そんなロボットを目指している」と説明。「今後、まだやるべきことは多いが、今日はこれまでの成果を報告したい」とした。

  • 永谷圭司プロジェクトマネージャ

    永谷圭司プロジェクトマネージャ

今回、公開されたのは、テーマの1つである月面インフラ構築を想定して開発したシステム。将来、月面に恒久的な有人基地を建設する場合、まず必要になるのは、ランダーが安全に着陸できる場所である。ランダーが着陸できないことには、機材も資材も運べないので、真っ先に着陸拠点を構築する必要がある、というわけだ。

地面に凹凸があったり、大きな岩が転がっていたりすると、着陸は難しい。安全な着陸拠点として、最低限必要になるのは、平坦な土地だ。ただ、月面は遠く、輸送費は非常に高い。地上の土木工事と同じような建設車両を月面まで運ぶようなことは、現実的ではない。そこで考えられているのが、小型ロボットの活用である。

この研究開発のための共通プラットフォームとして開発されたのが、「M3」(Multipurpose/Modularized/Mobility)ローバーだ。重量は約50kg。十字に配置された車輪を持つ4輪型のローバーで、任意の方向への走行が可能だ。平行リンクの脚を制御することにより、本体の位置を上下に動かすこともできる。

  • M3ローバーの概要。ツールを換装して汎用的に利用できる

    M3ローバーの概要。ツールを換装して汎用的に利用できる (C)CAFEプロジェクト

今回、宇宙探査フィールドで行われたのは、(1)土質調査・整地作業、(2)ミッションレジリエンス、(3)岩石除去、という3つのデモ。

  • 月面インフラ構築のフローと、各デモの位置付け

    月面インフラ構築のフローと、各デモの位置付け (C)CAFEプロジェクト

(1)は慶應義塾大学が担当。整地には、まず地面の固さを調べる必要があるが、本体にセンサーを搭載したM3ローバーを使って、これを計測する。

  • このデモで使用したM3ローバー

    このデモで使用したM3ローバー。中央に土質調査のセンサーを搭載する

次に、既製品を改造したブルドーザー型のロボットで、地面をならす。スタックを避けるため、ブレードに加わる力が一定以上になったら、ブレード上げて力を逃がすという制御を行っているそうだ。

  • ブルドーザー型のロボット

    ブルドーザー型のロボット。ベースはClearpath Robotics製の「Husky」だ

さらに、本体にローラーを搭載したM3ローバーで、地面を押し固める。このローラーは、20kg程度の力で地面に押しつけるよう制御されているとのこと。

  • もう1台のM3ローバーには、ローラーが搭載されている

    もう1台のM3ローバーには、ローラーが搭載されている

土質調査・整地作業のデモ

(2)は九州工業大学が担当。整地する場所に小さなクレーターがあった場合、対応として想定しているのは、膨脹する土嚢を埋めて、平らにすることだ。デモでは、まだ膨脹する土嚢は使っていなかったのだが、それをイメージした作業が紹介された。

  • あくまでもイメージだが、クレーターに土嚢を投下

    あくまでもイメージだが、クレーターに土嚢を投下

この研究開発で狙っているのは、故障やスタック等のトラブルがあっても、そこから回復する能力(レジリエンス)を強化すること。着陸拠点の構築は無人で行うことが想定されており、何かあっても、宇宙飛行士が対応するようなことはできない。かといって、地球から再度ロボットを送るのでは、コストが大きくなってしまう。

  • 使っているのはM3ローバーだが、車輪がカスタマイズされていて大きい

    使っているのはM3ローバーだが、車輪がカスタマイズされていて大きい

デモでは、1つの車輪でモーターが故障しても、走行を継続できる様子を紹介した。故障を模擬したモーターはもう回転できなくなるが、この車輪にはクラッチ機構を内蔵。片方向にだけ力が伝わり、逆方向には空回りするようになっているという。ステアリングで車輪の向きを変え、空回りする向きにすれば、故障しても走行を妨げないようにできる。

また車輪がスタックして動けなくなったときの対策としては、シャクトリ虫のような動きを検討。脱出したい方向の車輪の位置を固定し、残りの脚を引き寄せるような制御をすることで、通常の走行に比べ1.5倍以上の力を発揮できるという。この大きな力を使って、スタックした車輪を引っ張り出すというわけだ。

  • M3ローバーは、ボディを目一杯上げると、ここまで高くなる

    M3ローバーは、ボディを目一杯上げると、ここまで高くなる

クレーターがあるような場所をわざわざ着陸拠点に選ばなくても良いのではないか、と思うかもしれないが、月面には大小様々な凹凸があって、完全に平坦な場所は少ない。ランダーの着陸精度程度の広さを平らにする必要があるため、整地能力をできるだけ高めておけば、着陸拠点として選択できる範囲を広げることができるだろう。

ミッションレジリエンスのデモ

(3)は奈良先端科学技術大学院大学が担当。このデモでは、ロボットアームを搭載したローバーを使い、砂の中に埋まった石を取り出して除去する作業を紹介していたが、ここで注意して欲しいのは、開発しているのはロボット本体ではなく、AI技術であるということだ。この岩石除去は、AI技術の適用例の1つ、である。

  • ロボットは既製品を使用

    ロボットは既製品を使用。アーム部はユニバーサルロボットの「UR5e」だ

石はどこに埋まっているか分からない。当然ながら、石のサイズや形も不明だ。このような不確実な環境でも臨機応変に作業するためには、AI技術は不可欠である。まず、埋まった石を探す作業では、人間による教示データを使った模倣学習を採用。ロボットアームの力覚情報を頼りに、石がどこにあるか推定しているという。

  • 人間と同じように、手探りで埋まっている石を探し、掘り出すことに成功

    人間と同じように、手探りで埋まっている石を探し、掘り出すことに成功

埋まっていた石を掘り出して表面に露出させたら、次はそれを除去する作業になる。石はカメラで大体の位置は分かっているが、奥側は見えていないので、重心がどこなのかは不明。ここでは、事前に物理シミュレータで強化学習させた行動ルールを使っているという。デモでは何回か続けて失敗したものの、最後に除去することができた。

  • 落とさないように石を持ち上げる

    落とさないように石を持ち上げる。それだけのことだが、なかなか難しい

岩石除去のデモ

このCAFEプロジェクトは、2025年度まで実施する計画だ。現在、月面開発は世界中で気運が高まっているが、永谷プロマネは「我々が目指しているのは、複数台の小型ロボットを協力させ、地面を平らにすること。ただそれだけのことだが、まだ世界中で実現できていない」と指摘。今後、精力的に開発を続け、2年後にまた成果を見せたい、とした。

  • 公開実験のあと、プレスの質問に答える永谷プロマネ

    公開実験のあと、プレスの質問に答える永谷プロマネ