米国航空宇宙局(NASA)は2023年5月19日、有人月探査計画「アルテミス」で使用する月着陸船を開発する企業として、米宇宙企業「ブルー・オリジン」を選定したと発表した。

月着陸船の開発をめぐっては、すでにスペースXが選ばれており、ブルー・オリジンは2社目となる。スペースXの月着陸船は2025年と2028年に予定されている「アルテミスIII」、「IV」で使い、ブルー・オリジンの月着陸船は2029年の「アルテミスV」で使うという。

2種類の月着陸船が運用されることで、アルテミス計画の堅牢性が高くなることが期待できる。だが、ここに至るまでには大きな紆余曲折があった。

  • ブルー・オリジンが開発する月着陸船「ブルー・ムーン」の想像図

    ブルー・オリジンが開発する月着陸船「ブルー・ムーン」の想像図 (C) Blue Origin

民間企業が開発するアルテミス計画の月着陸船

アルテミス(Artemis)計画は、米国を中心に、欧州や日本、カナダと共同で進めている有人月探査計画で、実現すればアポロ計画以来、約半世紀ぶりに人類が月に降り立つことになる。

月へ行って帰ってくるだけだったアポロ計画とは異なり、アルテミス計画では、月周回軌道上に宇宙ステーション「ゲートウェイ」を建設し、さらに水(氷)があるとされる月の南極を拠点に、何回も繰り返し、継続的に探査し続けることを目指している。また、月を足がかりにして、2030年代には有人火星探査も目指している。

その実現に向け、大きな役割を果たすのが民間企業の存在である。すべて国が主導したアポロとは異なり、アルテミス計画では、ゲートウェイの打ち上げや、月面やゲートウェイへの補給物資や機器の輸送などに、民間企業のロケットや補給船が使われる。これにより、コスト削減や民間の宇宙ビジネスの振興を狙うほか、NASAは浮いたリソースを有人火星探査に投じることができるという狙いもある。

そして、宇宙飛行士が月に降り立ち、また戻ってくるための月着陸船の開発もまた、民間に委託されている。

NASAはまず、民間企業から提案を募集し、2020年5月にはイーロン・マスク氏率いる「スペースX」、Amazon創業者ジェフ・ベゾス氏が率いるブルー・オリジン、航空宇宙企業ダイネティクスの3社と契約し、それぞれに資金が与えられ、検討が進められた。

そして、各社の検討内容を審査した結果、2021年4月にはスペースXに最初の契約が与えられた。同社は現在、巨大宇宙船「スターシップ」を月着陸船仕様に改修した「スターシップHLS (Human Landing System)」を開発している。スターシップHLSは、2025年に予定されているアルテミス計画にとって最初の有人月着陸ミッション「アルテミスIII」、2028年の「アルテミスIV」で使用されることが決まっている。

NASAはまた、2022年3月に、月着陸船の開発企業をもう1社加えることを明らかにし、「NextSTEP-2 Appendix P Sustaining Lunar Development (SLD)」プログラムに基づき、募集を行った。

そして5月19日、NASAは2社目としてブルー・オリジンを選定したのである。

  • アルテミス計画で月の南極を探査する宇宙飛行士の想像図

    アルテミス計画で月の南極を探査する宇宙飛行士の想像図 (C) NASA

ブルー・オリジンの「ブルー・ムーン」

ブルー・オリジンはAmazon創業者として知られる実業家のジェフ・ベゾス氏が2000年に立ち上げた宇宙企業で、サブオービタル宇宙船「ニュー・シェパード」を使った宇宙旅行ビジネスを行っているほか、大型ロケット「ニュー・グレン」の開発も進め、将来的には月面都市やスペース・コロニーの建設も目指している。

月着陸船の名前は「ブルー・ムーン(Blue Moon)」で、NASAからの要求に基づき、月面のどこにでも正確に着陸できる能力に加え、ゲートウェイと月面との往復飛行ができる能力ももつ。高さは16m、打ち上げ時は質量45tで、船体は大きく2つに分かれており、上半分が推進剤タンク、下半分が宇宙飛行士の乗り込むクルー・モジュールとなっている。打ち上げにはニュー・グレンを使う。

ブルー・ムーンの開発パートナーには、ロッキード・マーティン、ドレイパー、ボーイング、アストロボティク、ハニービー・ロボティクスといった、米国の航空宇宙産業を代表するような名だたる企業が名を連ねており、「ナショナル・チーム」とも呼ばれている。

契約額は34億ドルで、設計と開発の作業に加えて、月面への無人の実証ミッションが1回、そして2029年に「アルテミスV」ミッションで有人飛行を行うことが含まれている。また、固定価格契約であり、仮に開発費がこれを超えたとしても、NASAから追加の資金提供はなく、ブルー・オリジン側が自腹を切らなくてはならない。

アルテミスVでは、4人の宇宙飛行士がNASAの「オライオン」宇宙船でゲートウェイに向かい、そこで事前にドッキングされているブルー・ムーンに乗り換える。そして月面に着陸後、4人の宇宙飛行士は1週間過ごしたのち、ふたたびブルー・ムーンに乗ってゲートウェイに戻り、そしてオライオンに乗って地球に帰還する。

なお、アルテミスVI以降では、スターシップHLSとブルー・ムーンで分担することになる。

NASAによると、2社が月着陸船を開発することで、競争が起こり、コストの削減や、定期的な月面着陸ミッションのサポート、月の経済活動の活発化などが期待できるとしている。

NASA マーシャル宇宙飛行センターの有人着陸システム・プログラムのマネージャーを務めるLisa Watson-Morgan氏は、「NASAのミッションのニーズを満たすために、2つの異なるアプローチを採用した月着陸船を採用することで、堅牢性が向上し、月面着陸を定期的に行い続けることが保証されます」と述べる。

「この競争を伴うアプローチは、イノベーションを推進し、コストを削減することにもなります。さらに、商業的な能力に投資することで、他の顧客にサービスを提供し、月の経済を促進できるビジネスチャンスを拡大することもできるでしょう」。

  • アルテミス計画で使われる、月周回軌道上に建設される宇宙ステーション「ゲートウェイ」の想像図

    アルテミス計画で使われる、月周回軌道上に建設される宇宙ステーション「ゲートウェイ」の想像図 (C) NASA

  • ブルー・ムーンを打ち上げるニュー・グレンの想像図

    ブルー・ムーンを打ち上げるニュー・グレンの想像図 (C) NASA