東京海上日動火災保険(以下、東京海上日動)のビジネスは、保険代理店(以下、代理店)を介して消費者に損害保険を販売する「B to B to C」モデルとなっている。しかし昨今、消費者が損害保険に関する情報を検索した時、玉石混交の情報が出てきて、正しい情報を入手できない可能性がある。人命にも関わる損害保険の情報が正しく伝わらないと、消費者にとって不利益が生じる。

こうした状況を解消するため、東京海上日動は新たなデジタルマーケティングの一手を打っている。この施策について、デジタルイノベーション部マネージャー 吉村歩美氏に話を聞いた。

  • 東京海上日動火災保険 デジタルイノベーション部マネージャー 吉村歩美氏

代理店のWebサイトを介して消費者に信頼ある情報の配信を

大手損害保険会社は消費者に直接、保険商品を販売することはなく、代理店が販売活動を一手に担っている。損害保険会社は商品開発などが主業務となる。したがって、従来、マーケティング業務は代理店の役割だ。

ただし、東京海上日動の代理店は約4万5000社に及び、その数はコンビニエンスストアに匹敵するほどだ。これだけの数があれば、規模もさまざまであり、保険販売が主事業ではない代理店もある。

一方、消費者の行動様式はデジタル化が進んでおり、テレビCMなどで見かける通り、スマートフォンでも保険を購入できる時代となっている。

こうなると、消費者とのコミュニケーション、販売チャネルのデジタル化も進める必要が出てくる。しかし、「代理店が独自でデジタル化を進めるのは大変です。となると、保険会社として支援できる部分は積極的に支援していきたいと考えています」と、吉村氏は話す。

本来、損害保険は資格を持っている人しか販売できない。にもかかわらず、現状として、保険に関する正確な知識を持っていない人が誤解や偏見に基づく情報を発信しており、一般消費者が惑わされている。つまり、消費者は情報の洪水から損害保険に関する正確な情報を見出さなければならない状況にある。

こうした状況を踏まえ、「資格と正確な情報を持った人が損害保険に関する情報を発信し、消費者の信頼性の高い情報に触れてもらえる環境を作りたいと考えました。そのために、代理店がWebサイトやSNSを活用する支援をする必要が高まりました」と吉村氏は語る。

ヘッドレス配信とヘッドオン配信でさまざまな代理店に対応

そこで、東京海上日動は、代理店と共にデジタル化を進めるための施策を講じることにした。遡ること2020年4月に、RFPを作成して、複数の開発会社から提案を受け、同年上期に、アドビのデジタルコンテンツ管理ソリューション「Adobe Experience Manager as a Cloud Service」の導入を決定した。

オープンソースのコンテンツ管理システム(CMS)もあるが、開発や保守の手間がかかることから、採用を見送った。「Adobe Experience Manager as a Cloud Service」を選んだ理由としては、同製品を活用した提案が、東京海上日動の要求の充足度と費用対効果が高かったことがあるという。

「Adobe Experience Manager as a Cloud Service」を導入したことで、代理店に加えて、東京海上日動の担当者側でも代理店webサイトのコンテンツ制作と更新が可能になった。

また、吉村氏は、「Adobe Experience Manager as a Cloud Service」がヘッドレス型配信機能とヘッドオン型配信機能の双方に対応していた点も魅力的だったと語る。

ヘッドレス型配信では、主にAPIを用いてコンテンツを配信するのに対し、ヘッドオン型配信ではHTMLページを通じてWebサイトに直接配信する。前者の場合、さまざまな形式のコンテンツをさまざまなデバイスに配信でき、コンテンツを起点にAPIベースでさまざまなサービスと連携が可能になる。

「当社はいろいろなタイプの代理店とパートナーシップを結んでいます。デジタルマーケティングに力を入れている企業であれば、こちらからはコンテンツだけを渡せばいいです。一方、ホームページを持っていない代理店もあります。こうした代理店に対しては、サイトを用意して、ヘッドオン型配信でコンテンツを渡す必要があります。Adobe Experience Manager as a Cloud ServiceはGUIが使いやすく、ノーコードでも対応できる点がよかったです」(吉村氏)

代理店のコンテンツ作成を一手に引き受ける

現在、Adobe Experience Manager as a Cloud Serviceは、消費者に損害保険の価値を伝えるという観点から、動画、コラム、マンガといったデジタルコンテンツを届けるために利用されている。

「損害保険は種目が多いです。自動車保険や火災保険はわかりやすいですが、例えば個人賠償責任保険の詳しい内容はわかりづらいと思います。例えば、自転車による事故を起こして、賠償を命じられることがあります。自転車は日常生活になじみがあるから、リスクも身近なものといえます。数百円の掛け金で、個人賠償責任保険はこうした自転車事故などの個人の賠償の備えとなります。こうしたことを、デジタルコンテンツを介して、一般のお客様にもイメージしやすい形でお伝えできればと思います」と吉村氏。

吉村氏は、「同じ保険商品を扱っている代理店がそれぞれデジタルコンテンツを作成する必要はありません。デジタルコンテンツの作成にはコストもかかるので、代理店が負担することは大変です」と語る。そこで2021年3月より、東京海上日動が一括してデジタルコンテンツの提供を行っている。

Adobe Experience Manager as a Cloud Serviceに対する代理店の反応はポジティブだそうだ。「課題感を持っていた代理店ほど好意的に受け止めてくれています。ある代理店からは『自分たちでコンテンツを作っていたらコストがかかっていたので、ありがたい』と言われました」と、吉村氏は話す。

最後に、吉村氏に今後の展望について尋ねたところ、次のような答えが返ってきた。

「代理店は当社にとって重要なパートナーです。そして、保険の価値は、お客様に万が一のことが起きた時に迅速に保険金を届けるかにあります。したがって、われわれはそこに重きを置いています。中には、デジタルマーケティングに時間がさけない代理店もあるでしょう。そうした代理店には、人しかできないことを大事にしてもらいたいと考えています。テクノロジーで置き換えられる部分はわれわれが全力でご支 援したいと考えています」