日本マイクロソフトが6月27日~28日にかけて開催した開発者向けイベント「Microsoft Build Japan」。同イベントのブレイクアウトセッションでは、メルカリが2023年5月に発表した「生成AI/LLM専任チーム」(以下、専任チーム)の取り組みが発表された。
同チームは、メルカリにおける生成AI(ジェネレーティブAI)やLLM(大規模言語モデル)の活用を推進する組織だ。現在は同社の既存事業部や研究開発組織「mercari R4D」とともに、開発者向けガイドラインの策定や生成AIの既存プロダクトへの適応などを進めている。
少人数の専任チームで「全社員をLLM色に染める」
専任チームは「新たな顧客体験創出と事業インパクトの最大化」「全社の生産性の劇的な向上」をミッションに、生成AIの活用方針や技術探索、既存プロジェクトへの適応、新規事業への企画・実装に取り組んでいる。
チーム立ち上げ後は、1年、3年、5年後のメルカリにどのように生成AIを統合するか、生成AIを生かしたプロダクト体験はどうあるべきかなどについて議論を重ねているそうだ。また、AIを活用しやすいデータ・API、AI活用を前提とした業務・組織などの設計も進めている。
専任チームの責任者を務めるメルカリ 執行役員 VP of Generative AI/LLMの石川佑樹氏は、「エンジニア、プロダクトマネージャー、デザイナー、バックオフィスなど、メルカリ内のすべての職種の従業員が、AIという技術を自分で使えるようにすることを目標としている。チーム内では、『全員をLLM色に染める』と言っており、そのためにさまざまなアクションを起こしている」と同チームでの活動方針を語った。
現在、専任チームにはフルスタックエンジニアやデザイナーなど約5名が在籍している。少人数のチーム編成となるが、少数精鋭で生成AIの活用プロジェクトをスタートしたのには理由がある。
石川氏は、「生成AIを使ったプロダクトが次々に現れ、生成AIを利用するためのインフラも充実してきている。急激なAIの進化が起こっている中で、経営としては前向きに取り組む方針だ。しかし、現場には既存事業の業務があり、その中で新たな取り組みを始めることは大きなチャレンジとなる。少人数の専任チームが生成AIの活用プロジェクトの主体となり、他のチームと連携することで、生成AIの社内浸透にレバレッジをかけられると判断した」と説明した。
MLエンジニアの知見をガイドラインで明文化
全社員が生成AIを活用できるようにするための活動は「Enabling」と呼ばれる。Enablingでは、主にガイドライン策定と勉強会・ハッカソンの開催が行われている。
Azure OpenAI Serviceのようなサービスによって、一般のソフトウェアエンジニアもAIのプロダクト実装が可能になった。一方で、ML(機械学習)エンジニアが実装時に気を付ける点が、他のエンジニアと共有されていないケースが少なくないためガイドラインによる明文化を進めているそうだ。
また、ハッカソンのような場は生成AIに深く接する機会となるため、「通常業務で忙しい従業員のリテラシーを向上させるうえで有効的だ」と石川氏は実感している。
社内における生成AIの実装の取り組みが「Building」だ。Buildingでは、まず、業務情報を入力可能な社内専用チャットツールを作成した。当初は専任チームが運用していたが、社内で広く利用してもらうためにOSS(オープンソースソフトウェア)としての運用に切り替えた。ロードマップを明示したうえで、現在は同チーム外のエンジニアがコントリビュータを務めているという。
専任チームでは、現在、既存プロダクトへの適応に注力する。同取り組みでは、専任チームが企画から実装まで主導するケースのほか、メルカリ内の他の事業領域を担当するFunctionチームと共創するケースもある。共創ケースでは、Functionチームがプロジェクトをリードし、専任チームはLLMに特化したモデルやツールの選定、プロンプトやパイプラインの調整などを担う。
「おけ」「いや」などユーザーのコメント返信をChatGPTで簡単に
同セッションでは、2023年4月開催のハッカソンで生まれたプロダクトアイデアが紹介された。その中でも目を引いたのが、メルカリのユーザー同士のコメント作成を生成AIで簡略化する機能だ。
メルカリで商品を購入した際、商品の出品者と購入者の間でコメント機能を利用したコミュニケーションが発生する。多くの場合、商品購入の御礼や到着日の調整依頼などがやりとりされる。しかし、丁寧な文章を作成するのは頭を使い、面倒くさいものだ。
「ハッカソンに参加したある社員は、長文のテキストを打つのが嫌いなため、数文字のテキストを打つと、ChatGPTが解釈して適切な文章が生成される機能を作った。同機能は、『おけ』と打つと、入力したテキストのニュアンスや前後の文脈を基に『この度はご購入ありがとうございました』などの丁寧なテキストを生成することができる」と石川氏は解説した。
同機能では、「ちょっと遅れる」「あした送る」など複数のテキストでテストを実施。商品に対する「値下げできますか?」というコメントに対して、「いや」と送ると「申し訳ございませんが、値下げ交渉はお断りいたします」というテキストも生成できたという。 プロンプトの内容もそれほど複雑でなかったため、スピーディに機能開発まで進んだものの、同時期に商品出品チームがコメントのテンプレート機能を開発。その後、正式な機能としてリリースされたため、ChatGPTを利用した機能は実装されなかった。
だが、テンプレートは特定の言い回しを用意することになるので、さまざまなユーザーが利用すると、「テンプレートを使っている」ことがわかってしまう。今後のテンプレート機能の利用状況によっては、ChatGPTによるコメント生成機能が実装される可能性もあるという。
最後に石川氏は、「生成AIを取り巻く現状は、日本にとってチャンスだと考える。AIを活用するうえではデータが必要になるが、すでに膨大なデータを保有しているエンタープライズ企業の活用余地は大きい。他方で、デジタルサービスを提供しているスタートアップも、生成AIが生かしやすいデータの溜め方を工夫することでチャンスが広がるのではないか。LLMの社会実装は黎明期にあるので、当社で培った知見をシェアしながら日本全体のAI活用も前進させたい」と語った。





