理化学研究所(理研)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、東京都立大学(都立大)、立教大学、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、J-PARCセンター、中部大学の8者は5月10日、X線検出器の超伝導転移端マイクロカロリメータ(TES)を用いて、素粒子の負ミュオン(μ粒子)と原子核からなるエキゾチック原子「ミュオン原子」(以下「μ原子」)から放出される「ミュオン特性X線」(以下「μ特性X線」)のエネルギースペクトルを精密に測定し、強電場の量子電磁力学(QED)を検証するための新たな原理検証実験に成功したことを共同で発表した。

  • μNe原子とQED的効果を示すイメージ。

    μNe原子とQED的効果を示すイメージ。(出所:KEKプレスリリースPDF)

同成果は、理研 開拓研究本部 東原子分子物理研究室の奥村拓馬特別研究員(現・都立大 理学研究科 化学専攻 助教)、同・東俊行主任研究員、JAEAの橋本直研究副主幹、都立大の竜野秀行客員研究員、立教大の山田真也准教授、Kavli IPMUの高橋忠幸教授、KEK 物質構造科学研究所の下村浩一郎教授、中部大の岡田信二准教授(現・教授)らを中心とした、国内外40名以上の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

電荷を持つ粒子と光の間のミクロな相互作用を記述するQEDの効果は、電場が強い環境でより顕著に現れるが、一方で理論計算はより困難になる。そのため、強電場環境はQED検証の舞台として非常に重要だが、これまでの多価重イオンを用いた実験では、実験結果と理論を比較するQED検証の精度が大きく損なわれる可能性があることが指摘されていた。

そこで今回は新たに、電子より約200倍重いμ粒子が束縛されたμ原子を用いることにしたという。原子核に束縛されたμ粒子の軌道半径は、束縛電子の軌道半径の約200分の1しかない。そのため、束縛μ粒子が感じる電場は、多価イオン内の同じ量子準位の束縛電子が感じる電場の約4万倍もの強度に達し、QED効果が極めて大きくなるとする。加えて、あえて原子核との重なりが小さい高角運動量の量子準位を占めるμ粒子を測定に用いることで、原子核の大きさの影響を無視できる程度まで抑えて実験を行えるとしている。

  • μ原子とQED効果を示す概念図。

    μ原子とQED効果を示す概念図。(出所:KEKプレスリリースPDF)

新手法でのQED検証は、μ原子が特定の準位からエネルギーのより低い準位へ遷移する際に放出するμ特性X線のエネルギーを精密計測することで実現可能だ。しかしその実現には、乗り越えるべき課題が複数あった。中でも最大の課題は、孤立環境下で多数のμ原子を用意する必要がある点だ。

μ原子は電子を引き込みやすいため、周囲にほかの原子や分子が存在すると速やかに電子の移動が起こり、μ特性X線のエネルギーが変化してしまう。そのため、孤立したμ原子を用意するには、数密度(単位体積あたりの個数)の小さい希薄な(圧力が低い)気体原子を用いる必要があった。しかし、希薄気体標的だとμ原子生成量、さらにμ特性X線の強度が減少するため、測定が困難となってしまうという。そこで今回は、世界最高強度の低速μ粒子ビームが得られるJ-PARCで実験を行い、可能な限りμ原子の生成量を増やすことにしたとする。また、低強度のμ特性X線でも十分な精度でエネルギーを決定するため、実験には高感度・高分解能なTESが導入された。