世界では台湾情勢やウクライナ情勢に代表されるように、米国や中国、ロシアやインドなど大国と大国との対立が先鋭化している。そして、企業にとって厄介なのが、その対立が政治や安全保障の領域だけでなく、経済や貿易の領域でも激しくなっていることだ。企業としては政治と経済は別で、自由にビジネスを展開したいと思うだろうが、現在の大国間対立はその最大の阻害要因になっている。
ロシアによるウクライナ侵攻から1年が過ぎる中、今年4月、ウクライナ侵攻によってロシアへの懸念を強めたフィンランドのNATO(北大西洋条約機構)への加盟が実現化した。これによってNATOは31か国体制となるが、NATOは集団防衛体制であり、仮にフィンランドが攻撃されれば米国などその他の欧米諸国が参戦することになり、ロシアにとって大きな脅威となった。これは政治の問題であるが、ウクライナ侵攻は企業活動に多くの制限を課している。
たとえば、この1年あまりでロシアへ制裁を続ける欧米や日本の企業のロシア撤退が進んでいる。アップルやナイキ、スターバックスやマクドナルドなど誰もが知る欧米企業は既にロシアから撤退し、現在ロシアではそれらに似たような店が次々にオープンしている。
撤退したマクドナルドの後には、新ハンバーガー・チェーン「フクースナ・イ・トーチカ(ロシア語で“おいしい”を意味する)」がオープンした。日本の企業でも、たとえば日立エネジーは今年1月、ロシアで展開してきた事業を売却したことを明らかにし、ガラス大手AGCも3月、ロシアを取り巻く情勢から同国でビジネスを展開することが難しくなったとし、ロシア事業での製造拠点への投資を停止する方針を示した。
また、大手自動車メーカーのトヨタやマツダなども、ロシアでの生産を停止し、ロシアで手掛けてきた事業を現地の合弁会社に売却するなどした。そして、ロシアは3月、外国企業に追い打ちをかけるかのように、欧米や日本など非友好国の企業が撤退する場合、一定金額を寄付金としてロシアに政府に納付するよう義務付ける方針を発表した。既に、ロシアでは純粋にビジネスができなくなっていると言っていい。こういったことがあり今日、企業の間ではロシアビジネス自体が企業の評判を落とす恐れのリスクになっている。実際、「あの企業はまだロシアで金を稼いでいるのか」、「ロシアでビジネスを継続することで欧米企業からどう思われているか心配だ」などといった声が日本の企業からも聞かれる。これはまさに、大国間対立の中で企業が直面するレピュテーションリスクの典型例だ。
そして、今後も企業は大国間対立から生じるレピュテーションリスクに直面する可能性が高く、それは日本の企業にとってウクライナ以上に影響が出そうな予感だ。
米中対立や台湾情勢が深刻化することにより、最近では日本の大手企業の間でも中国依存を減らし、それを国内に回帰させたりASEANやインドなど第3国へシフトさせたりする動きが拡がっている。仮に台湾情勢で緊張が一気に拡大すれば、それによって米中の間ではいっそう貿易摩擦が拡がり、米中双方に強く依存する日本企業は身動きが取れなくなるだけでなく、「この日本企業はまだ中国ビジネスに力を入れているのか」、「この日本企業は米国と深いつながりがあるから中国国内での監視を強化せよ」などと言った形でレピュテーションリスクに直面する恐れがある。特に、このリスクは欧米以上に日本の企業にとって大きな重荷になるので、企業としては大国間対立の行方がどう経済や貿易に影響が波及するかを見ていく必要がある。