東京大学(東大)、理化学研究所(理研)、東北大学、富山県立大学、大阪大学(阪大)、総合科学研究機構(CROSS)、日本原子力研究開発機構(原子力機構)、J-PARCセンター、科学技術振興機構(JST)の9者は4月21日、スピンの立体的な配列に起因して電子の進行方向が曲げられる現象「トポロジカルホール効果」を、磁化を持たない反強磁性体において実証することに成功したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科の高木寛貴大学院生(研究当時)、同・高木里奈助教(研究当時)、同・関真一郎准教授、東大 物性研究所の中島多朗准教授、東大 先端科学技術研究センターの有田亮太郎教授を中心とした17人の研究者が参加した共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学全般を扱う学術誌「Nature Physics」に掲載された。
スピンが反平行に整列した反強磁性体では、磁化がゼロであるために、スピンが並列に整列している強磁性体とは異なり、磁化に比例した角度だけ電子の進行方向が曲がる「ホール効果」を利用した磁気情報の読み出しは困難であると考えられてきた。
ところが、最近の理論研究によると、磁気秩序を構成するスピンの向きが同一平面上に無いような、非共面なスピン配列が実現している場合について、新たな予測がなされていた。これは、隣接する3つのスピンが生み出す立体角(スピンキラリティ)に比例した仮想磁場を電子が感じることによって、巨大なホール効果である「トポロジカルホール効果」が生じるというものである。
トポロジカルホール効果は磁場や磁化と関係なく生じるため、反強磁性体において磁気情報を読み出すための新しい手法として利用できることが期待されている。しかし、従来の研究例は大きな磁化を持った強磁性体に限られており、反強磁性体におけるトポロジカルホール効果の実験的な検証が大きな課題となっていたとする。そこで研究チームは今回、「CoTa3S6」と「CoNb3S6」という2種類の組成の反強磁性体に着目し、同現象の詳細な検証を行ったという。
両物質は、「2次元ファンデルワールス物質」である「硫化タンタル」(TaS2)、「硫化ニオブ」(NbS2)の層間に磁性イオンであるコバルト(Co)を挿入した構造を持ち、反強磁性体にも関わらず、巨大なホール効果を生じることが知られていた。なお2次元ファンデルワールス物質とは、2次元の層が、分子間力の1種であるファンデルワールス力によって弱く結合した積層構造を持った物質のことだ。
今回の研究では、そのスピン配列を明らかにするため、原子力機構の研究用原子炉「JRR-3」に設置された偏極中性子三軸分光器、およびJ-PARCの物質・生命科学研究施設に設置された中性子回折装置を利用して、中性子散乱実験による詳細な磁気構造解析を行ったとする。その結果、四面体状の非共面なスピン配列が実現していることが明らかにされ、さらにこのスピン配列の安定性を理論的に確認することにも成功したという。
今回の研究成果は、この物質の示す巨大なホール効果が、非共面なスピン配列が誘起する仮想磁場に由来したトポロジカルホール効果として良く理解できることが示されているとする。反強磁性体は2種類のスピン状態を有しており、これら2つの状態はそれぞれ逆符号のトポロジカルホール効果を生じるという現象を利用することで、反強磁性体において、スピン状態の電気的な読み出しを実現できることが確認された。またこのことから、反強磁性体をベースにした、新しい磁気情報素子の開発につながることが期待されるとする。
反強磁性体は、これまで利用されてきた強磁性体と比べて、(1)磁気ビット間の干渉の原因になる漏れ磁場が存在しないため素子の微細化・集積化に有利、(2)外場に対する応答が2~3桁高速、(3)磁気的な外乱に対する耐性が高い、などの特徴がある。そして、こうした応用上のメリットを享受できる、新しい磁気情報媒体として活用できる可能性があるとした。
また最近では、スピンの渦巻き構造である「スキルミオン」が、幾何学的に安定な粒子としての性質を有する、高密度な情報担体の候補として注目を集めている。今回発見された三角格子上における四面体状のスピン配列は、わずか数個の原子で構成される極小サイズのスキルミオンの集合体と見なすことが可能だという。こうした新しいスピン配列を持った反強磁性体は、系の幾何学的な性質に起因して予測されるさまざまな量子現象を検証するための、理想的な舞台として活用できることが期待されるとしている。