北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は3月31日、「密度汎関数法第一原理計算」を用いて、擬キャパシタ材料「コバルト水酸化物」の充電特性に関わる原子配列情報の完全な同定に成功し、電子レベルでの優れた充電メカニズムを解明したと発表した。

同成果は、JAIST サスティナブルイノベーション研究領域の本郷研太准教授、同・奥村健司大学院生、同・東間崇洋元大学院生、同・前園涼教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する化学と科学のインタフェースに関する全般を扱う学術誌「ACS Omega」に掲載された。

電力の余剰を備蓄できれば、電力需給の逼迫を回避できる可能性があるが、現在用いられている蓄電(キャパシタ)材料では性能がまだ十分ではない。そこで、「より多くの電荷を効率的に貯蔵できる」、「より素早く充放電できる」などの特性改善を実現するため、「擬キャパシタ材料」の開発が進められている。

これまでの研究により、擬キャパシタ材料として優れた特性を示すことが指摘されてきたのが、固体材料のコバルト水酸化物だ。しかし、その内部で、どのようなメカニズムによって高い備蓄効率を実現しているのかは不明だったという。そのため、同材料のさらなる改良、また同材料よりも高効率な材料の発見といった、次の開発につなげることができていなかったとする。

また、その備蓄効率メカニズムの解析には、同材料が、どのような原子配列で固体を形成しているかという情報が必要だ。充電特性を担うのは電子であり、「どのような原子配列の中を電子が運動するのか」によって材料の特性は大きく変化する。通常、固体の原子配列はX線による実験を用いて明確にされる。ところがコバルト水酸化物の系統については、長年広く知られていた最も基本的な情報が近年になって修正されるといった混乱が生じていたという。充電特性を解明するのに必要とされる詳細な配列位置情報を実験的に同定することは、原理的にも容易ではなく、そうした要因もあって同材料の充電特性メカニズムの解明が進んでいなかったとした。

一方で、近年では大型のスーパーコンピュータを用いたシミュレーション技術によって、量子力学の方程式に基づいた理論計算が大きく実用性を伸ばしている。同材料のように原子配列を実験的に同定することが難しい場合は、こうしたシミュレーションによって問題解決を図る研究も活発化している。そこで研究チームは今回、密度汎関数法第一原理計算を用いて、同材料の充電特性にかかる原子配列情報の完全な同定を試みたという。

なお、密度汎関数法第一原理計算とは、「電子レベルのミクロな世界」を記述する非常に多くの基礎方程式を解くことで、分子や固体の構造やエネルギーなどの計算を行うシミュレーション技術の一種だ。物理学の基本法則に基づくため、物質の種類には依存せずに、すべての物質を同一の方程式で記述できるため、さまざまな問題を同一プログラムで解析できる高い汎用性を持つことが特徴である。

同材料の充電特性を解明するためには、結晶の基本構造のみならず、電流の担い手になる水素原子(プロトン)が構造中のどこに配置されるのかという膨大な可能性を比較して、解を探す必要がある。しかし、膨大な可能性を探る必要があるため、スーパーコンピュータによる大量の計算が不可欠だ。

今回の研究では、充電特性にかかる原子配列情報の完全な同定に成功し、それによりコバルト水酸化物が優れた充電特性を実現するメカニズムが解明された。具体的には、高い充電性能を担う相と、充放電の繰り返しで構造が脆くなるのを防ぐ骨格となる相が協奏することで、優れた物質系を実現していることが示されたという。

  • 今回のシミュレーションによって完全に同定されたコバルト水酸化物中の水素位置(H1~H10まで付番)。そのほか、青丸はコバルト原子、赤丸は酸素原子、茶丸は炭素原子を表している

    今回のシミュレーションによって完全に同定されたコバルト水酸化物中の水素位置(H1~H10まで付番)。そのほか、青丸はコバルト原子、赤丸は酸素原子、茶丸は炭素原子を表している(出所:JAIST Webサイト)

研究チームは今回の研究により、電子レベルでの充電メカニズムが解明され、今後、どのような方針で原子配列をチューニングすれば望ましい電力備蓄素材を設計できるかを知ることができるようになったとする。また、さらなる備蓄効率の高効率化に向けた改良につながることが期待されるとしている。