困難の中、前を向いて火星を目指すESA
こうした中、心配されるのは、打ち上げが遅れることによる科学的成果の陳腐化や探査車の劣化だが、ESAによると問題はないという。
ロザリンド・フランクリンは火星の地表から2mの深さまでドリルで掘り、試料(サンプル)を採取することができる。地表には放射線が降り注ぎ、極端な温度変化にもさらされているため、状態などが劣化していることが多い。だが、地下からならきわめて新鮮なサンプルを採取することができる。
この能力は、運用中および計画中の火星探査機にはなく、高い優位性があり、新しい打ち上げ日まで維持できるという。また、探査車の走行に関する技術も斬新であり、陳腐化することはないとしている。
製造済みの部品の劣化に関しても、適切な保管、メンテナンスを行うことにより、正常な状態で維持できるという。
ESAのロザリンド・フランクリンのチームは、「ミッションの科学的意義は決して失われていません。また、ロザリンド・フランクリンも延期に耐えられるだけの品質を保っています」と語っている。
また、TGOはロザリンド・フランクリンからのデータを地球に中継する役割ももっているが、現時点でTGOの状態は正常で、燃料も今後30年間分も残っているため、十分に対応できるという。
また、ロシアが製造した着陸機本体などは、ロシアに返却されるという。ロザリンド・フランクリンにもロシアが提供した観測機器が2つ搭載されているが、これらも返却するとしている。欧州では代わりに、少なくとも1つは欧州製の新しい機器に置き換えることを検討しているという。
なお、今回のロシアとの協力の中止は、あくまでロザリンド・フランクリンに関してだけであり、運用中のTGOについては対象外で、協力を続けるとしている。
TGOには4つの観測機器が搭載されており、そのうち2つはロシアが運用を主導しているが、これらの機器によって提供されるデータは、世界中の科学コミュニティが使用できるように、ESAの惑星科学アーカイブを通じて公開を続けるという。
また、TGOとの通信には欧州や米国のほか、ロシアの地上局も使われているが、これについても、科学データは世界中の科学コミュニティが使用するためのものであるという前提のもと、ロシアとの契約は継続され、引き続き地上局を使用できるとしている。
こうした困難にもかかわらず、ESAは前向きだ。
「このたびのエクソマーズ計画の遅れと、それを取り巻く状況は、宇宙探査における欧州の野心を加速するきっかけとなりました。エクソマーズは生まれ変わりに直面する一方、2028 年への打ち上げの延期は、欧州の(宇宙探査における)自立性をさらに発展させるきっかけとなり、新たな技術を獲得するために必要な欧州の産業への投資となります。これは、月、火星、さらにその先への無人探査と有人探査において、欧州の自立性を確立するうえでとても重要なものになります」。
ロザリンド・フランクリンとは?
ロザリンド・フランクリンの最大の目的は、過去の火星にいたかもしれない、生命の痕跡を探すことにある。
名前は、DNAの構造の解明に大きな役割を果たした、英国の科学者ロザリンド・フランクリン氏にちなんでいる。
探査車の前部にはドリルが搭載されており、地下約2mまで掘削し、土壌を収集することができる。火星の地表は太陽光や宇宙線などの放射線にさらされているため、地下から採取することで、新鮮かつ、昔のままの状態の土壌を集めることができる。
集めた土壌は観測装置で分析し、鉱物含有量や組成、そして過去の火星の環境などを調査。また、地下に生物が存在するか、あるいは過去にしていれば、その証拠や痕跡も見つかるのではないかと期待されている。
打ち上げ時の質量は310kgで、6輪の車輪をもち、太陽電池で駆動する。また、センサーや人工知能を使い、ある程度の自律性をもって走行することができる。
開発や製造は、英国のスティーブニッジにあるエアバス・ディフェンス&スペースUKで行われている。
着陸場所は、火星の北緯18.3度、東経335.4度にある、「オキシア平原(Oxia Planum)」が予定されている。この場所は、かつて水が流れていた可能性があり、また、探査車の活動可能な範囲内に、科学的に興味深い場所があることから選ばれた。
参考文献
・ESA - FAQ: The ‘rebirth’ of ESA’s ExoMars Rosalind Franklin mission
・ESA - ExoMars: Back on track for the Red Planet
・ESA - ExoMars rover testing moves ahead and deep down
・NASA - FY 2024 Budget Estimates