欧州宇宙機関(ESA)などは2021年2月11日、欧州とロシアが共同で運用している火星探査機「トレース・ガス・オービター」の観測データから、火星の大気に「塩化水素」を発見したと発表した。塩化水素が見つかったのは初めてで、火星でこれまでに知られていない化学サイクルが起こっていることを示しているという。

また、火星から水が失われた謎についても新たな発見があった。

これらの成果についてまとめられた2本の論文は、2月10日付け発行の『Science Advances』誌に掲載された。

  • トレース・ガス・オービター

    火星探査機「トレース・ガス・オービター」の想像図 (C) ESA/ATG medialab

火星で「塩化水素」を発見

トレース・ガス・オービター(Trace Gas Orbiter)は、ESAとロシア国営宇宙企業ロスコスモスが共同で開発した火星探査機で、2016年3月に打ち上げられ、同年10月に火星に到着。現在も観測を続けている。

トレース・ガス・オービターは、火星の大気のうち、とくにメタンや水蒸気、窒素酸化物、アセチレンといった微量のガスに重点を置いた観測を行う。微量ガスは英語でTrace Gasと呼び、それがそのまま探査機の名前になっている。

そして今回、トレース・ガス・オービターの研究チームは、その観測データから、火星で初めて塩化水素のガスを発見した。塩化水素は水素と塩素の原子から構成される化合物である。火星で第17族元素(ハロゲン)が発見されたのも初めてとなる。

また、この発見は火星でこれまで知られていない化学サイクルが起こっていることも示唆しているという。塩化水素などは火山活動から排出されることが多いため、これまで多くの科学者たちは、このガスを探すことで、火星でいまなお活火山が存在するのかどうかを調べようとしていた。

しかし、今回観測された塩化水素は、非常に遠く離れた複数の位置で同時に観測されたこと、また火山活動から予想される他のガスが検出できなかったということから、火山ではない、別の発生源から生じたものである可能性が高いという。

現時点で、火星で塩化水素が生成される正確なプロセスはまだわかっておらず、これまでに知られていない、まったく新しい地表と大気との相互作用が起こっていることを示唆するものだとしている。

研究チームでは、火山活動以外に考えられるシナリオとして、海が蒸発したあとに残った塩化ナトリウムが、火星の塵だらけの地表に混ざり、それが風によって塵(ダスト)ととして大気中に舞い上がり、さらに太陽光で暖められた大気によって氷床から放出された水蒸気とともに上昇。そして、大気中に含まれる水分と反応して塩素を放出し、その塩素が水素を含む分子と反応して塩化水素が生成された、という可能性を考えているという。これは地球でもよく起こっているプロセスだという。

また、さらに反応が進むと、塩素や塩酸が豊富な塵は「過塩素酸塩」となって、地表に戻ってくる可能性もある。ちなみに、米国航空宇宙局(NASA)が2007年に打ち上げた探査機は「フェニックス」は、2008年に火星のレゴリスの中に塩素系の塩である過塩素酸塩を発見しており、両者の発見の間にはなんらかの関連がある可能性もある。

今回の研究を主導した科学者のひとりである、英国オックスフォード大学のケヴィン・オルセン(Kevin Olsen)氏は「塩素を遊離させるには水蒸気が必要で、塩化水素を生成するには水に含まれる水素が必要です。つまり、この化学反応には水が重要だということです」と語る。

オルセン氏はまた「今回の現象は、ダストとの相関関係も観測されています。ダストの活動が活発になると、塩化水素がより多く見られるようになるのです」とも語る。

火星では2018年に、火星全体を覆うほどの大規模な砂嵐が発生しており、今回の塩化水素は、この砂嵐が起こっていた最中の観測から発見されたものだという。

また観測データからは、北半球と南半球の両方で同時に出現することが観測されており、さらに砂嵐が収まるのと合わせるかのように、驚くべき速さで消えていくことも観測できたとしている。研究チームはまた、次の砂嵐のシーズンに収集したデータを調べた結果、同様に塩化水素の量が上昇していることがわかっているという。

研究チームでは今度、塩素にまつわる、地表と大気の相互作用をよりよく理解するために、実験室での実験と、火星全体を対象にした新たな大気シミュレーションが必要であるとしている。また同時に、塩化水素の増加と減少が、南半球が夏の季節であるときに起こっていることが示唆されていることから、年間を通した継続的な観測を行うことも必要だとしている。

トレース・ガス・オービターのプロジェクト・サイエンティストを務める、ESAのハカン・スヴェデム(Hakan Svedhem)氏は「火星の大気中に初めて新しい微量ガスを発見したことは、トレース・ガス・オービターのミッションにとって大きなマイルストーンです。2004年にESAの火星探査機『マーズ・エクスプレス』がメタンを観測して以来、初めて発見された新しい種類のガスです」と、この発見の意義を強調している。

  • トレース・ガス・オービター

    火星で塩化水素が生成されるシナリオのひとつを描いた図 (C) ESA