欧州宇宙機関(ESA)は2023年3月13日、頓挫していた火星探査車「ロザリンド・フランクリン」の開発について、2028年の打ち上げを目指して計画を立て直したと発表した。

同探査車はロシアとの共同ミッションだったが、ロシアのウクライナ侵攻を受け協力を中止。以来、欧州を中心とした新たな開発体制が模索されていた。

ロシアが担当していた機器などを新たに欧州で造り直すほか、米国航空宇宙局(NASA)も、2024年度予算要求において同探査車への予算を計上し、協力する姿勢をみせている。

  • 火星探査車「ロザリンド・フランクリン」の想像図

    火星探査車「ロザリンド・フランクリン」の想像図 (C) ESA/ATG medialab

悲運のロザリンド・フランクリン

ロザリンド・フランクリン(Rosalind Franklin)は、欧州にとって初となる火星探査車であり、ロシアと共同で進めていた火星探査計画「エクソマーズ」の一環として行われる予定だった。

エクソマーズ計画は2つのミッションから構成されており、まず2016年に周回機「トレース・ガス・オービター(TGO)」と着陸実験機「スキアパレッリ」が打ち上げられ、火星へ送られた。スキアパレッリは着陸に失敗したが、TGOは無事に火星を回る軌道に入り、現在も運用が行われている。

そして、これに続く2つ目のミッションが、火星の地表にロザリンド・フランクリンを送り込み、探査を行うことだった。欧州はロザリンド・フランクリンを開発する一方、ロシアは探査車を火星に運ぶためのプロトン・ロケットを提供するとともに、火星の地表に着陸するための着陸機「カザチョーク」を開発することになっていた。

欧州とロシアでは、TGOで火星の大気を、ロザリンド・フランクリンで地表と地下を調査することで、かつて火星にいたかもしれない生命の痕跡を探すことを目指していた。

ところが、ロザリンド・フランクリンにいくつもの悲劇が襲った。ひとつは開発時の技術的なトラブルで、前述のように着陸実験機のスキアパレッリが失敗したことに加え、火星への着陸時に使うパラシュートの開発も難航。続いて新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響も受けた。当初打ち上げは2018年に予定されていたものの、2022年にまでずれ込むこととなった。

そして、最も大きな打撃となったのがロシアによるウクライナ侵攻だった。苦難の末にロザリンド・フランクリンとカザチョークは完成し、2022年秋の打ち上げに向け、同年4月からロシアのバイコヌール宇宙基地で打ち上げ準備が始まる予定だった。しかし、ウクライナ侵攻が発生したことで計画は中断。ESAは最終的に同年7月、ロシアとの協力関係を正式に打ち切った。

これにより、ロシア製のハードウェアなどは返却されることになり、すなわちロザリンド・フランクリンはロケットも着陸機も失い、火星へ飛び立つことができなくなってしまった。

ESAのロザリンド・フランクリンのチームは「このミッションは待ち焦がれていたもので、準備に多大な労力を費やしてきました。それだけに、チームへの影響と起こったことに対する失望は大きなものでした。ですが、中止の根拠とその政治的意味合いは十分に理解、共感できるものでした」と語っている。

  • 2016年に行われたロシアの「プロトンM」ロケットの打ち上げ

    2016年に行われたロシアの「プロトンM」ロケットの打ち上げ。エクソマーズ計画の第一段となる周回機「トレース・ガス・オービター(TGO)」と着陸実験機「スキアパレッリ」を載せていた (C) ESA-Stephane Corvaja, 2016

  • 火星に到着するTGOとスキアパレッリの想像図

    火星に到着するTGOとスキアパレッリの想像図 (C) ESA/ATG medialab

新たな打ち上げ目標は2028年10月

しかし、ロザリンド・フランクリンのチームはそこで諦めなかった。ミッションを蘇らせるためになにができるか、あらゆる方法を模索した。

そして最終的に、ESAと欧州の産業界が新たなチームを組み、カザチョークに代わる新しい着陸機を開発することを決定。新たな打ち上げ目標を2028年10月5日から25日の間に設定した。

ESAでは、新しい着陸機を開発するには5年かかると見積もっている。また、地球と火星との位置関係から、火星探査機の打ち上げに適した時期は2年2か月ごとにしか訪れないため、2028年という目標を定めたという。

ただ、この2028年の打ち上げ機会はあまり条件が良くなく、打ち上げから火星到着までに2年もかかる(条件の良いときであれば半年~1年未満)。火星到着は2030年10月28日の予定とされる。

チームはすでに、新しい着陸機の設計に着手している。カザチョークに搭載されていた欧州製の機器のうち、コンピューターや高度計、パラシュート・システムなど多くは再利用する一方、エアロシェル、着陸プラットフォーム、着陸モジュール、探査車展開システムなどは欧州によって再設計し、新たに製造するという。

なお、もともとのカザチョークは科学プラットフォームと呼ばれ、それ自体が科学観測も行えるようになっていたが、新しい着陸機は開発期間の短縮のため設計を簡素化。ロザリンド・フランクリンを火星に運び、地表に展開するためだけの機体になるとしている。着陸技術を検証するためのカメラやセンサーは搭載するものの、太陽電池パネルなどは装備せず、探査車の展開後、数日(数火星日)で動作を停止するとしている。

探査車を低温から守るための放射性同位体を用いたヒーター、着陸時に使うエンジン、そして打ち上げに使うロケットをどうするかはまだ検討中だとしているが、これらについては、NASAが手を差し伸べようとしている。先ごろ発表された、NASAによる2024会計年度の予算要求では、エクソマーズ計画に3000万ドルを出資することが盛り込まれている。

ただ、あくまで予算要求であり、まだ議会の承認を経て確定したものではない。また、NASAがどのような協力が可能か、なにが必要かについて話し合っている段階であるとし、今後どうなるかはまだわからない。

ちなみに、エクソマーズ計画はもともと、ESAとNASAとの共同計画としてスタートしたものの、2012年にNASAが予算不足を理由に脱退。その後、ESAはロシアと協力することになったという経緯があり、つまり”元サヤ”ということになる。

  • 地上で試験中のロザリンド・フランクリン

    地上で試験中のロザリンド・フランクリン (C) Airbus via ESA