AIプロセッサおよRISC-Vプロセッサを開発しているカナダのスタートアップ企業である「Tenstorrent」が3月13日、日本法人「テンストレント・ジャパン」を設立した事を発表した。

Tenstorrentは2016年3月にカナダのトロントで創業された、当初はAIプロセッサをターゲットとしていたスタートアップ企業である。創業者はLjubisa Bajic氏(CEO)、Milos Trajkovic氏(Director Hardware Engineering)とIvan Hamer氏の3人であるが、この3人は同時期にAMDを退職してTenstorrentを創業している。

さてこのTenstorrent、「Tensix」と呼ばれるNN(Neural Network)向けの演算エレメントをNoC(Network on Chip)で組み合わせるという独自構造のAIプロセッサの開発を行っており、2019年には非常に小規模(4TOPS/1TFlops)な「Jawbridge」、2020年には本格的な推論向けの「Grayskull」(368TOPS/92TFlops)を開発。2021年には学習向けの「Wormhole」というチップを出荷予定であった。このWormholeはちょっと遅れ気味で、昨年のISSCCでは2022年4月にサンプル出荷を開始予定だったはずだが、現時点ではまだ始まっていない。ちなみに同社はこのWormholeに続く「Blackhole」の開発も現在行っている。

さて同社の名前が一躍取り沙汰される様になったのは、2021年1月にJim Keller氏がPresident兼CTOとして同社に入社したからである。そしてその後、同社は急にRISC-Vコアにも傾倒してゆく。元々Jawbridgeの時点で、Tensixコアとは別に5つのRISCコアが制御用に搭載されており、Grayskullにも搭載されていると思われるが、少なくともこの時点ではまだRISC-Vではない。Wormholeも、同社の説明によればOut-of-OrderのARC CPUが4コア搭載という話で、RISC-Vではないことは明白だ(Photo01)。

  • 設計のパイプラインを考えれば、Keller氏が参加した時にもうWormholeの基本設計は完全に終わっていたはず

    Photo01:そもそも設計のパイプラインを考えれば、Keller氏が参加した時にもうWormholeの基本設計は完全に終わっていたはずで、なのでここに後追いでRISC-Vコアを入れるのは無理だったのだろう

ところが2022年1月のTSMC Open Innovation Summitの際にKeller氏はWormholeにSiFiveのX280を含むRISC-Vコアのクラスタを搭載する事を明らかにしている。このあたりから同社は急にRISC-Vに傾倒し始める様になった。今年に入り、同社は突如RISC-V製品のページを公開しており、「Ocelot」という4-way Out-of-Orderコア(これはなんと無償公開)に加え、2/3/4/6/8-way Out-of-Orderの「Ascalon」と呼ばれる製品ライン、さらにこれを複数組み合わせたCoherent Clusterなどを発表している。Photo02でD5とあるのは、6-way Out-of-orderコアである「Ascalon D5」を意味している。

  • 製造はTSMCのN6ベース

    Photo02:ちなみに製造はTSMCのN6ベースだそうだ

こうした動きと併せて会社の組織も急速に変わっている。昨年2月にはArmのMachine Learning Research LabからMatthew Mattina氏をVP of Machine Learningとして迎え入れ、昨年6月にはLenovo NEC社長だったDavid Bennett氏をChief Customer Officerに任命している。そして今年1月20日には、創業者兼CEOだったBajic氏とKeller氏が役割交換。Bajic氏がCTOに就き、Keller氏がCEOを務める様になった。

今回の日本法人設立も、こうした動きの一環と捉えるのが正確なのかもしれない。日本法人であるテンストレント・ジャパンには前Graphcoreのカントリーマネージャー(その前はクレイ・ジャパン社長)だった中野守氏が社長として就任すると発表されたが、そのテンストレント・ジャパンの目的は「自動車、エンタープライズ、エッジデバイス、HPC、スーパーコンピュータなどの市場で展開されるオープンRISC-Vハイエンドプロセッサの知的資産(設計IPデータ)を提供するとともに、日本のお客様への販売・サポートはすべてテンストレント・ジャパンが担当します」としており、代理店などを置かずに直接販売とサポートを担当する事が明確にされている。

実を言えば、これで海外のRISC-V IPの日本法人設立は3社目になる。一社目はCodasipで、2022年4月に日本オフィスが設立され、明石貴昭氏が代表に就任している。2社目はSiFiveで、2022年7月にSam Rogan氏が日本法人を立ち上げている。今回のTenstorrentはこれに続くものである。この調子だと、他にも何社か続く可能性がありそうだ。

余談ではあるが、冒頭のリリースにもメッセージを寄せていたDavid Bennette氏、なぜか3月上旬に都内をうろうろしていることが報じられたが、今から思えばこの日本法人立ち上げの為に来ていたのだろう。