人事労務管理ソフトを手掛けるSmartHRは2月7日、メディア向け勉強会を開催し、従業員が持つスキルや経験を「経営資源」として生かすための人事データ活用に関する説明を行った。

企業に対する人的資本の情報開示要請が強まるなか、世界中で人的資本経営への注目が高まっている。しかし、人的資本経営に対し、具体的にどう取り組んでいけばよいのか分からず、頭を悩ませている担当者も少なくないだろう。

なぜ、人的資本が注目されているのか。企業はどのように意識変革し、具体的にどのような取り組みを行うべきなのか。同勉強会で得た知識を基に整理していく。

そもそも人的資本って?

企業が所有する建造物や土地、設備、インフラ、製品は物的資本(有形資産)にあたる。一方で、人的資本(無形資産)とは、従業員が持つ「スキル」「知識」「ノウハウ」「資質」のことを指し、新たに企業が投資すべき領域として注目されている。

  • 人的資本(Human Capital)とは

    人的資本(Human Capital)とは

人的資本の類似語に「人的資源」がある。どちらも人材に対する考え方ではあるが、人材の捉え方が対照的だ。人的資源は、従業員を消費すべき資源だと考える。そのため、人材にかける費用はなるべく抑えようという発想につながる。一方で、人的資本は人材を貴重な資本と捉え、人材育成にかかる資金を組織の成長戦略に不可欠な投資と考える。

「人的資本という考え方は、企業や従業員の将来的な持続可能性に今まで以上に注目したものだ」と、同勉強会に登壇したSmartHR 人材マネジメント事業 事業責任者の重松裕三氏は説明した。

  • SmartHR 人材マネジメント事業 事業責任者の重松裕三氏

    SmartHR 人材マネジメント事業 事業責任者の重松裕三氏

人的資本が注目されている3つの理由

次に、人的資本が世界中から注目されている背景について整理していこう。主なものとしては、「投資家の関心の高まり」「投資家の関心の高まり」「日本での欧米追従の動き」の3つがある。

投資家の関心の高まり

まず、人的資本に対する投資家の関心の高まりが考えられる。経済産業省の調査によると、投資家が中長期的な投資・財務戦略において、「人材投資」を最も重視すべきと考えているという。67%の投資家が人材投資を重視すべきと回答している一方で、企業は32%しか重視していない。企業が最も重視しているのは「設備への投資」(55%)だった。

  • 投資家の関心の高まり 出典:未来人材ビジョン - 経済産業省(令和4年5月)

    投資家の関心の高まり 出典:未来人材ビジョン - 経済産業省(令和4年5月)

では一体なぜ、投資家は人的資本に関心を寄せているのか。それは、人が中長期的な企業価値向上の源泉であることが明らかになってきているからだ。

日本を除く先進国の株価指数は上昇傾向だ。経済産業省の事務局説明資料によると、日経平均株価指数は1990年末から2019年10月末にかけてほぼ横ばいであることに対し、NASDAQやドイツDAX、NYダウといった世界の株価指数は長期的にみると右肩上がりだ。

  • 主要指数別長期パフォーマンス 出典:事務局説明資料 2019年11月 経済産業政策局 産業資金課

    主要指数別長期パフォーマンス 出典:事務局説明資料 2019年11月 経済産業政策局 産業資金課

一方で、日本企業の無形資産の割合は、欧米より格段に低い。内閣府の資料によると、2020年において、アメリカの主要企業の無形資産の割合は90%であるのに対し、日本の主要企業は32%と低い。リーマンショック以降に無形資産の割合が大きく減少し、欧米に比べて非常に低い状態となっている。

  • 企業価値の有形資産/無形資産割合 出典:事務局説明資料 2021年8月6日 内閣府 知的財産戦略推進事務局

    企業価値の有形資産/無形資産割合 出典:事務局説明資料 2021年8月6日 内閣府 知的財産戦略推進事務局

「日本の株価指数が上がらない大きな要因の1つとして、企業価値の源泉が有形資産から無形資産、その中でも特に人的資本に変わってきていることが挙げられる。企業価値は無形資産の割合に比例する」と、重松氏は分析している。

また、プロダクトライフサイクルが短縮してきている現状も、人的資本の価値が高まっている要因の1つだ。プロダクトライフサイクルとは、企業の製品やサービスが市場に導入されてから撤退するまでのプロセスを体系的にまとめた理論のことである。

経済産業省の調査によると、鉄鋼以外のすべての産業においてプロダクトライフサイクルは短縮している。特にヒット商品のライフサイクルが短縮しており、2000年代ではライフサイクルが2~3年未満のヒット商品は7割を超えている。「2020年代のプロダクトライフサイクルはさらに短くなっている」(重松氏)という。

  • プロダクトライフサイクルの短縮 出典:経済産業省(07年2月) 上場企業を対象とするアンケート調査結果(有効回答227社) 資料: 2007年版ものづくり白書

    プロダクトライフサイクルの短縮 出典:経済産業省(07年2月) 上場企業を対象とするアンケート調査結果(有効回答227社) 資料: 2007年版ものづくり白書

  • ヒット商品のライフサイクル 出典:(社)中小企業研究所(04年11月) 製造業販売活動実態調査

    ヒット商品のライフサイクル 出典:(社)中小企業研究所(04年11月) 製造業販売活動実態調査

これらのことを踏まえ重松氏は、「事業環境が激化、製品の寿命が短くなっている中で、中長期的に企業価値を向上させるには、技術革新を生み出したり、時代や消費者の変化に伴ってビジネスを変化させていったりする必要がある。そのためには、人という資本は欠かせない」と持論を述べる。

欧米での人的資本開示の流れ

欧米での人的資本開持の流れも人的資本が重要視されている背景の1つだ。

EC(欧州委員会)やSEC(米国証券取引委員会)では、上場企業や大企業へ人的資本の開示を義務化した。加えて、開示内容の指定も進んでいる。

義務化が進んでいる主な理由は、先述した投資家の関心の高まりだ。「人的資本が企業価値を決める重要な評価軸となっているため、投資家保護の観点から上場企業に情報開示を求める動きが進んでいる」(重松氏)とのことだ。

また、企業の人的資本経営の実態を法律によって開示させることは、労働者保護の観点からも重要な施策といえる。プロダクトライフサイクルが短縮しているため、企業が労働者に求めるスキルや経験も目まぐるしく変化している。

重松氏は、「労働者に求めるスキルが変化したり、経営が苦しくなったりすると、従業員は解雇され経済的な安全性を奪われてしまう。法律によって企業の人的資本経営の実態をオープンにさせることは、労働者の保護につながる」と、説明した。

加えて、ハーバード大学大学院の研究結果によると、企業の前向きな労働政策は長期的な業績向上と相関関係があるという。企業変革の促進につながることも義務化が進んでいる理由の1つと言えるだろう。

日本における欧米追従の動き

日本では2020年9月に経済産業省が「人材版伊藤レポート」を公表し、それを皮切りに人的資本情報開示の重要性が日本国内でも広まった。2022年5月には第2弾である「人材版伊藤レポート2.0」が公表されている。どちらも人的資本経営による価値創造の重要性を訴求する内容だ。

さらに、2022年8月に内閣官房の非財務情報可視化委員会が「人的資本可視化指針」を公表。日本政府としての人的資本情報開示の指針を示した。開示内容は、「独自性のある取組・指標・目標」と、「比較可能性の観点から開示が期待される事項」の大きく2つに類似されている。

具体的には、男女間賃金差、女性管理職比率、男性育児休業取得率の3項目は開示義務がある。人的資本情報開示は有価証券報告書の提出義務がある企業に義務付けられる方針で、約4000社で対応が必要となっている。