日本マイクロソフトは11月16日、日本の企業や組織のデジタル戦略担当者を対象としたイベント「Empowering Japan’s Future」を開催した。
同イベントには、4年ぶりに来日した米マイクロソフト 会長兼 CEO(最高経営責任者)のサティア・ナデラ氏が登壇し、民間、公共セクター問わず優先して取り組まなければならない課題として、6つの「Digital imperative(デジタルの関心事)」を挙げ、それらに対応する同社のソリューションを紹介した。
ナデラ氏は講演の冒頭で、「Do more with less(より少ないリソースでより多くを)の実現のためには、デジタルテクノロジーが大きな役割を果たす。我々は今手にしている技術を活用して、現在、そして将来の課題に応えていかなければならない」と語った。
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データ活用やコーディング支援などAIが身近な存在に
Digital imperativeの1つ目が「クラウドへの移行」だ。95%のアプリケーションがクラウドネイティブになるとするガートナーの予測を引用しつつ、「クラウドはアプリケーション構築においても活用され、効率性、機能性の最先端となっている」とナデラ氏は述べた。
米マイクロソフトは他社より多くのデータセンターを保有し、60以上のAzureリージョンにてユビキタスコンピューティングのファブリックを拡大させているという。クラウドサービスを利用するためのソリューションがAzure Arcで、同ソリューションを用いてオンプレミスやマルチクラウド環境にMicrosoft Azureのサービスが展開可能だ。
クラウドコンピューティングから派生する領域として、ナデラ氏はデータ活用とAIに強い関心を抱く。
「画像生成AIのDALL・EにAzureで得られたデータを学習させて未来の東京の画像を生成させた。こうしたクリエイティブなものを我々は生成したいと考えている。そのためには、堅牢なデータプラットフォームが必要で、データのボリューム、スピード、バラエティに対応できないといけない」とナデラ氏。
米マイクロソフトはデータ基盤となるMicrosoft Intelligent Data Platformのほか、Azureのデータ分析サービスAzure Synapse Analyticsや、データ活用のガバナンスなどを支援するMicrosoft Purviewを提供している。
アプリケーション開発者の視点に立つと、構築したアプリケーションにAI機能をどのように統合するかが課題となる。その課題に対して、同社はAzure AIを提供しており、現在もAIモデルの学習を継続している。
Azure AIの活用事例としては、日本のスタートアップであるAGRISTが紹介された。同社は農作業を支援する自動収穫ロボットを開発・提供しており、Azureを用いてデータ収集やモデル学習をロボットのAIに行わせている。同ロボットでは、収集したデータをAIで解析・ビッグデータ化し、収穫量の予測などに活用しているという。
2つ目は「フュージョンチームのエンパワーメント」だ。技術と業務の両方のリーダーを擁するフュージョンチームを作る中で、あらゆる人がデジタル変革に参加できるように力を引き出す必要がある。
「当社は元々ツールの会社として出発しているので、エンパワーメントを支援する開発者ツールを提供してきた。1人1人がエンパワーされ、DX(デジタルトランスフォーメーション)に参画するために、(重要なのは)技術ではなく、技術をもって何ができるかだ」と強調した。
コラボレーションを支援する中核的ソリューションでは、GitHubが挙げられた。GitHubでは開発者だけでなく、デザイナー、顧客担当者ともコラボレーション可能で、AIによるコーディング支援機能「GitHub Copilot」を活用することで作業の効率性を50%向上させることも可能だという。
プロ開発者だけでなく市民開発者の参加もサポートするPowerPlatformだが、これにもAIが活用されており、「ある図をスケッチし、AIとPowerAppsを使ってアプリを作成できる」そうだ。
3つ目は「職場の再活性化」で、ナデラ氏は「生産性パラノイアを解消する必要がある」と指摘した。生産性パラノイアは、ハイブリッドワーク下で上司が部下が業務集中しているか、働きぶりが効率的かに疑いを抱き、過度な管理を行ってしまうことだ。
また、出社する人たちが「自分は会社の規則のためでなく、他の人のために来ている」と言えるような人間的な絆を醸成できるような環境と、そうした機会を生み出せるようなコネクション、それらを支援するリーダーのソフトスキルの育成も求められるとナデラ氏は考える。
ビジネスのコラボレーションを支援するメタバースやMR
4つ目は「労働力や企業文化の再活性化」だ。この領域では、Microsoft 365やMicrosoft Teams、従業員体験の向上のための新しい製品カテゴリーであるMicrosoft Vivaがソリューションとなる。
Microsoft 365には、プロジェクト管理アプリの「Microsoft Loop」やWindows 11で標準搭載されている動画編集アプリ「Clipchamp」、「Microsoft Ignite 2022」で発表されたウェブベースで提供されるデザインツール「Microsoft Designer」など新しい製品が続々と追加されている。 ナデラ氏がMicrosoft Teamsで期待を寄せるのが、メタバースサービスの「Mesh for Microsoft Teams」だ。
「没入型体験や新しいアイデンティティなど、次世代の人はメタバースでさらにいろいろなことができるようになるだろう。持続的にこのメディアを促進させていきたい」(ナデラ氏)
5つ目が「コラブラティブ・ビジネス・プロセス」だ。ビジネスプロセスの課題の1つに、サプライチェーンの硬直性が挙げられる。
米マイクロソフトはその課題解決を支援するソリューションとして、2022年11月14日に「Microsoft Supply Chain Platform」を発表した。
同ソリューションはAzure、Dynamics 365、Microsoft Teams、Power Platformを組み合わせて提供するほか、サプライチェーン上のデータやアプリケーションを管理する「Supply Chain Center」を提供する。同機能でデータオーケストレーションや需給に関するインサイト獲得、注文管理などが行える。
加えて、コラボレーションの領域では「インダストリアルメタバース」の採用が加速しているという。
インダストリアルメタバースでは、MR(Mixed Reality)を活用したリモートでの作業やトレーニング、デジタルツインによるシミュレーションなど、物理的な資産をデジタルに拡張することでバーチャル上でさまざまことが行える。
川崎重工業では、生産ラインを止めずに生産設備のロボットの異常を検知するのにインダストリアルメタバースを活用している。従来は気付かなかった故障やトラブルを予兆したり、遠隔地のエキスパートエンジニアと連携してトラブルの状態をリモートで把握したりするほか、開発、設計、試験などの製造にまつわる工程を仮想空間上で実行できるような取り組みも進めているそうだ。
6つ目が「セキュリティ」で、ナデラ氏は「すべてのイノベーション、テクノロジーの基本となり、優先順位の第一位となる」と断言し、ゼロトラストアーキテクチャを重視する。
セキュリティ製品を統合したスイートであるMicrosoft Securityでは、マイクロソフト製品から収集された何兆ものデータシグナルを処理し、アイデンティティ、エンドポイント、アプリケーション、インフラストラクチャなどさまざまな領域のセキュリティを保護している。
セキュリティの取り組みについてナデラ氏は、「単純にセキュリテイフィーチャーを作ればいいわけではない。インテリジェンスがあることで、初めてプロダクトへ防衛のための情報を出すことができる」と説明した。
ナデラ氏が来日した目的の1つは、日本の企業や組織での取り組みを知ることにある。
感銘を受けた取り組みの1つとして紹介されたのが、沖縄大学が聴覚障害のある学生の受講支援にAIを活用したことだという。
同取り組みでは、Azure Cognitive Servicesの機能群の1つであるSpeech Serviceによる音声認識と、人間のオペレーターによる修正作業を組み合わせたハイブリッド型の文字起こしサービスが利用されている。
最後にナデラ氏は、「日本がデジタルテクノロジーを活用して、また新たなテクノロジーを生み出し、日本や世界を変えることを今後も楽しみにしている」と述べた。