高エネルギー加速器研究機構(KEK)は11月11日、加速器「SuperKEKB」(スーパーケックビー)用の電子陽電子線形入射器の陽電子捕獲部に広帯域ビームモニターを新たに設置し、電子・陽電子捕獲過程の可視化に成功したことを発表した。
同成果は、KEK 加速器研究施設研究チームのムハンマド・アブダル・レーマン博士研究員、同・諏訪田剛教授(現・中国科学院高能物理研究所研究員)らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
現在KEKでは、2008年に小林誠博士と益川敏英博士のノーベル物理学賞受賞に貢献した、電子・陽電子衝突型加速器「KEKB」と電子と陽電子を衝突させて生成した粒子を観測する測定器「Belle」の組み合わせによる素粒子実験の40倍の性能向上を目指した、加速器SuperKEKBと測定器「Belle II」によるプロジェクトSuperKEKBが進められている。7GeVの電子と4GeVの陽電子を衝突させ、生成されるB中間子群の崩壊現象から、素粒子の標準理論を超える現象を探索することが目的とされている。
SuperKEKBは、電子と陽電子を供給する入射器とこれらを衝突させるリング加速器で構成される。B中間子を大量に生成させるには、周長3kmのリング加速器に対し、大量の電子と陽電子を入射器から効率的に供給して正面衝突させることが重要となる。
電子の反物質であるプラスの電荷を持つ陽電子は、自然界に大量には存在しない。そのため、タングステンなどの重金属標的に高エネルギー電子を照射し、金属中の原子核と電子との電磁相互作用を利用して人工的に生成させる必要がある。
標的において、電子と陽電子はほぼ同数ずつ生成され、直後にある「陽電子捕獲部」において、強力な電磁気力により複雑な過程を経て集められ、同時に捕獲され(名称は陽電子捕獲部だが電子も捕獲される)、その後に電子・陽電子ビームへと形成される。現在の捕獲効率は50%程度のため、可能な限りその効率を向上させることが今回の研究の目的だという。
陽電子捕獲部では電子と陽電子は並行して飛んでいくが、両者の飛行時間差は極めて短いため、従来の技術では電子と陽電子の同時分離計測は極めて困難だったとする。またそれは同時に、動的な可視化も極めて難しいことを意味していた。
この計測は、2頭が出走する競馬で、最初にゴールするのはどちらの馬かを判定する技術に似ているという。2頭の馬に何馬身もの大差があれば判定は容易だが、「鼻の差」といった僅差だと、容易には判定できない。その差を大きく拡大することが可能なビデオ判定による精密測定が必要になる。電子・陽電子の飛行時間差の計測もこの技術と同じだとする。
高効率かつ安定な陽電子の生成は、リング加速器への安定供給という観点から重要な課題の1つであり、これを実現するには、陽電子捕獲部における電子・陽電子のリアルタイムな同時分離計測により、常時、生成効率と安定性を監視する必要があるという。そこで研究チームは今回、劣悪な放射線環境下においても、非破壊で同時分離計測が可能なビームモニターを設置することにしたとする。