求められるPM2.5排出削減

毎年、ニューヨークシティの人口に相当する1,000万人以上の人々が、化石燃料の燃焼による微粒子に曝されたことが原因で、早期に亡くなっています。

「PM2.5」とも呼ばれるこの微粒子の粒子径は2.5μm未満、人の毛髪の約30分の1の大きさです。非常に小さいため肺の奥深くまで入り込み、さまざまな心血管系の健康に影響を及ぼし、また血流を通じて他の臓器にも広がります。最近では脳細胞内でもPM2.5が発見されました。このナノ微粒子が、脳卒中や認知症などさまざまな健康への悪影響リスクを高めているのです。そして残念ながら、こうした健康への影響を特に大きく被っているのが、米国において大気汚染レベルが高い高速道路周辺に暮らす貧困層、有色人種、マイノリティです。

こうした健康への悪影響を踏まえ、世界保健機関(WHO)は最近、大気の清浄化水準としてPM2.5の50%削減(10μg/m3から5μg/m3)を提言しました。米国環境保護庁(EPA)も、年間のPM2.5国家環境大気質基準(NAAQS)を現在の12μg/m3から8-10μg/m3に引き下げることを検討しています。

自動車排ガスの微粒子除去技術の動向

自動車から排出される微粒子を除去していくために、どのようなツールがあるでしょうか。過去20年間、全ての最新のディーゼルエンジンを搭載した自動車やトラックには、ディーゼル・パティキュレート・フィルター(DPF)が搭載され、黒煙微粒子(すす)排出量の大幅な低減が図られています。

しかし最新のガソリンエンジンから排出される微粒子量はむしろ増加しています。これは、ガソリンエンジンが直噴技術を採用しているためです。その結果、欧州および中国は、新型の小型車やトラックに対して「ガソリン・パティキュレート・フィルター(GPF)」の使用を義務付ける微粒子数規制の導入に至りました。これによって、自動車から排出される微粒子量は大幅に削減されました。GPFの基本的な動作原理はディーゼルフィルターと非常によく似ていますが、適用されるエンジンの違いから、材料や気孔率の設計を変更して実装されています。

  • ガソリン・パティキュレート・フィルター

フィルターの内部には平行に並んだ数千もの小さなチャネルがあり、ミツバチの巣のような「ハニカム構造」となっています。ここに、排ガスが流れていきます。これらのチャネルは内部表面積は非常に大きく、流れてくる排ガスと触媒がその表面上で接触します。担体の場合、平行に並んだチャネルは両口とも開いていますが、フィルターの場合、一端の口が塞がれたチャネルが交互に並んでいます。そのため、出口のないチャネルに流れ込んだ排気ガスは多孔質壁を通過することになり、有害な微粒子が流入壁で捕集されます。担体を正面から覗き込むと、小さなチャネルを通して反対側を見通せます。フィルターの場合、反対側を見通すことはできず「格子」模様の面が見えます。

コーニングが提供する、こうした微粒子フィルターとセラミック担体が、あらゆる大きさの自動車やトラックに搭載され、排ガスに含まれる有害ガスや微粒子物質を、周囲の大気に交じる前に除去し、空気をよりクリーンにするのに役立っています。

担体とフィルターにおける1つの大きな違いはその機能です。コートされた触媒により自動車の排ガスを環境基準に満たす水準以下に浄化するという担体の排ガス浄化機能は、見た目にはほとんどわかりません。一方、フィルターの主な機能は、前述のようにエンジンの排ガスから固形微粒子を取り除くことです。

  • フィルターの内部

    フィルターの内部。一端の口が塞がれたチャネルが交互に並んでいる。出口のないチャネルに流れ込んだ排気ガスは多孔質壁を通過することで、黒煙微粒子(すす)などの有害な微粒子が流入壁で捕集され、排気が浄化される

フィルターでは、ハニカム構造によってガスが多孔質壁に流れ、すすやアッシュ(固形不燃粒子状物質)が捕集されます。こうした「ウォールフロー」型フィルターのほとんどは、迅速な昇温性を有し、耐熱衝撃性にも優れたコーディエライトが用いられています。フィルターは「エンジン直下」または「床下」(エンジンからの距離に応じた区別)で取り付けられます。フィルターは触媒コートなしで用いることも、高い捕集力に加えて、排ガスを変換(浄化)する三元触媒コーティングを施すことも可能です。

現在、コーニングでは2つの製品ファミリーを販売しています。1つ目の「Corning DuraTrap GC」 は、気孔率が約55%、200/8セル設計の触媒コートなし用。2つ目の「Corning DuraTrap GC HPファミリー」は、気孔率が約65%、300/8セル設計で触媒コート用です。「300/8」とは、セル密度が300セル/平方インチ、壁厚8ミルであることを意味します。

新規制への対応に向けた高性能品の提供も開始

市販されているフィルターは、すでに高い捕集効率を達成しています。さらに、10nmまでの微粒子を含む、過酷な実走行環境をカバーする新たなユーロ7規格に対応する、より捕集性に優れた製品の生産も開始しました。この新型フィルターは、これまでにない階層的な細孔構造で、すすやアッシュを除去し、清浄な状態で非常に高い捕集効率を確保します。

捕集率の向上は通常、圧力損失とのトレードオフになりますが、この新技術を用いることで圧力損失の上昇を最小限に抑えています。事実、多少すすが溜まった状態であっても、新型GPFの方が圧力損失は低く抑えられます。エンジンや触媒とは異なり、フィルター性能は走行距離により改善されます。

排ガス制御システムにGPFを追加するメリットは他にもあります。分析により、すす微粒子には、不完全燃焼による生成物である吸着した発がん性多環芳香族炭化水素(PAH)が含まれていることが分かっています。触媒コートGPFは、こうしたPAHの99%超を除去することが示されています。また、すす微粒子の大部分(75%超)がブラックカーボン(BC)です。BCはCO2の3,200倍の地球温暖化係数(GWP)を有する温室効果ガス物質です。したがってこのフィルターは、排ガスがもたらす気候変動への影響を軽減することができるのです。

世界各国の政策立案者は、車両の排ガスゼロの電気自動車(EV)への移行を進めています。そうした中、内燃機関(ICE)への新技術に投資すべきなのか、という疑問が生じるのも当然でしょう。ここで注意すべきは、米国だけでも、毎年最大1,500万台の自動車が販売されています。そのうち、充電式電気自動車の割合は3%に過ぎません。2035年までに販売される自動車の全てがEVになると想定した場合、今後20年間で、GPFが約30,000トン分の微粒子排出の削減に貢献できる、という計算になります。これは、ICE車両をできる限りクリーンにするための、最善かつコスト効率に優れた、そして実績のある技術を導入するという現実的選択が求められることを示唆しています。

排ガス規制に関して、これまでは米国が世界をリードしてきましたが、残念ながらこのトピックについては遅れを取っています。現行の質量(mass)ベースの基準では、GPFは義務化されていません。そのため、同じ車種が欧州や中国ではフィルター付きで、米国ではフィルターなしで販売されるという状況になっています。今後の規制でこうした状況が解消されるかもしれません。最新の自動車の場合、先進の排ガス制御技術を搭載すれば炭素排出量をほぼゼロにすることが可能です。実際、路上での測定から、フィルターを備えた自動車の排ガスに含まれる微粒子排出量は、大気汚染が進んだ都市部の環境濃度を下回るレベルまで改善できることが分かっています。一部の地域では、自動車の排ガスは、周囲の大気よりもクリーンなのです。これは進歩といってよいでしょう。