ナノ結晶軟磁性材料では、各結晶粒の結晶軸がランダムな方向を向いているため、複雑な磁歪が現れる。シミュレーションモデルは平均粒径12.7nmの結晶粒で分割されたほか、1辺の長さが2nmの計算メッシュで分割されていたことから、ナノ結晶粒内部の局所的な磁歪まで明らかにすることに成功したとする。

  • マイクロ磁気シミュレーションで計算されたナノ結晶軟磁性体における磁歪分布

    マイクロ磁気シミュレーションで計算されたナノ結晶軟磁性体における磁歪分布。(a)ナノ結晶軟磁性材料の模式図。結晶粒ごとに結晶軸の方向が異なる。(b)計算された磁歪分布。nmサイズの結晶粒内部でも歪みが変化する (出所:KEKプレスリリースPDF)

研究チームでは、今回明らかにされた磁歪分布について、エネルギー損失に影響を与えるものだとする。局所的に存在する磁歪の平均値が、ゼロではなく平均磁歪が存在する場合、エネルギー損失は顕著に増加するという。これは、磁壁内部で磁歪として蓄えられたエネルギーが、磁壁移動にともなって格子振動、すなわち熱へと変換されるためである。つまり、エネルギーの損失が少ない材料を開発するためには平均磁歪が存在しない、もしくは磁壁移動しても磁歪の大きさが一定に保たれるような設計を行うことが重要となるとする。

さらに、平均磁歪が存在しなくても局所的磁歪は磁壁移動を妨げエネルギー損失を増加させることも明らかにされた。そのため平均磁歪のみならず、局所的磁歪を考慮して材料設計を行うことも重要となるとしている。

  • 平均磁歪がある場合と、ない場合でのエネルギー損失と磁歪の関係

    (a)平均磁歪がある場合(赤線)と、ない場合(青線)でのエネルギー損失と磁歪の関係。横軸は磁性材料内部の磁化がすべて同じ方向を向いたときの平均磁歪を表す磁歪定数。(b)平均磁歪が存在しない場合のエネルギー損失の拡大図。平均磁歪の存在の有無に関わらず、磁歪の増減によりエネルギー損失が増加する (出所:KEKプレスリリースPDF)

ナノ結晶軟磁性材料は低保磁力および低電気伝導を実現する優れた軟磁性材料でありモーターへの応用が実現されている。今回の研究で、磁歪によるエネルギー損失発生機構が明らかにされ、磁壁移動による磁歪の変化を抑えることでナノ結晶軟磁性材料のエネルギー効率をさらに改善できる方法が提示された。

輸送部門における温室効果ガス排出量は世界全体で16.2%を占め、軟磁性材料はモーターが発生するエネルギー損失の15~25%を占めている。ナノ結晶軟磁性材料のエネルギー損失を低く抑えることで、CO2排出削減に寄与することが可能だ。

今後の課題としては、残留アモルファス相の存在がある。現実のナノ結晶軟磁性材料はアモルファスを前駆体として使用するため、結晶粒間にアモルファスが存在する。アモルファスも大きな磁歪を示すので、アモルファス相を考えたマイクロ磁気シミュレーションを実行する必要があるという。現実の材料に近いモデルを使用することで、さらなるエネルギー効率向上が期待されるとしている。