日本工学アカデミー(東京都千代田区)は2022年5月17日に「第4回政治家と科学者の対話の会」を開催し、「スタートアップ創出・成長支援の課題と政策」について議論した。
同会の中で、東京大学大学院工学系研究科で主に人工知能(AI)技術の研究開発・人材育成・社会実装などを行う松尾豊教授が講師の一人として出席し「次世代の起業・イノベーション人材の育成に向けて」という題目で解説した。
松尾教授は「AIなどを研究している松尾研究室の出身者あるいはその関係者はベンチャー企業を創業することが多く、その松尾研究室発のベンチャー企業13社を研究室のWebサイトで公表している」と説明した。松尾研究室発のベンチャー企業の中では、PKSHA Technology(東京都文京区)、Gunosy(東京都渋谷区)の2社が上場している。
松尾研究室からベンチャー企業が多く誕生する背景には、「松尾研究室のビジョンとして“本郷バレー構想を実現する”と公言し、研究室でAIを研究することに加えて、外部のベンチャー企業の起業家や投資家と連携したエコシステム環境をつくってきたから」と説明する。
そして「日本の有力な経済誌などが、松尾研究室発のベンチャー企業の創業実績を取り上げた記事を次々と書いたことから、このビジョンが東大の外部にも伝わり、ベンチャー企業を起業したい学生やそれを支援する方々にかなり刺激を与えたようだ」と続けた。
加えて、「2019年度から2020年度までの大学発ベンチャー企業の“純増数”※1では、東京大学が55社、京都大学が31社であることに対して、米国のスタンフォード大学が465社、マサチューセッツ工科大学(MIT)が367社、ハーバード大学が297社、カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)が277社とけた違いに多く、日本の大学の起業数は遠く及ばない」と、日本の大学の実態を指摘した。
日本の大学でも、大学発ベンチャー企業数を増やすためには「起業するScaffolding(足場づくり)の仕掛けが重要だ」と、松尾教授は指摘する。
松尾研究室では、独自の起業プログラム“起業クエスト”を2021年夏から始めた。松尾教授は、「起業クエストでは第1ステージでは大学・大学院の講義で技術の基礎を学び、第2ステージでは、企業との共同開発を通して、OJT(On the Job Training、実務訓練)の形で社会経験を積む」と解説する。
そして「第3ステージではアントレプレナーシップ教育と起業支援、スタートアップ支援を通じて、ベンチャー企業の起業家の卵を育成し、起業につなげる環境をつくってきた」と続ける。
この起業クエストの実績は「第2ステージでは約50人(目標は500人)、第3ステージでは約20人(目標は300人)だ」と説明した。そして、「ベンチャー企業のユニコーン※2を5社・企業家5人を排出することをめざしている」と続けた。
大学の学生がベンチャー企業を創業させる際の典型的な課題は「学生なので当該業界の事業構造などを考えていない、企業の社会人と話す機会が少ないので、営業力・提案力が低く、“悪い大人”に騙されたりする、ベンチャー企業の必須アイテムになる法務・財務(ファイナンス)の理解が浅いケースが多い」などと、大学発ベンチャー企業創出での課題を指摘した。
文中注釈
※1:大学発ベンチャー企業の“純増数”とは、大学発ベンチャー企業の創業までにはさまざまなケースがあり、創業した時期を特定できないケースがあるため、推定値としての集計数となる
※2:ユニコーンとは、評価額が10億ドル以上の未上場のベンチャー企業・スタートアップ企業で「創業10年以内」「評価額10億ドル以上」「未上場」「テクノロジー企業」といった四つの条件を兼ね備えた企業を指す場合が多い