文部科学省傘下の科学技術振興機構(JST)の経営企画部エビデンス分析室は2022年3月31日に「ホットペーパーからみた新型コロナ研究」という題目の小冊子「シグマエビデンス」の初版を出版した。

  • JSTが発行した小冊子「シグマエビデンス」初版の表紙

    JSTが発行した小冊子「シグマエビデンス」初版の表紙

【関連記事】
■JST、新型コロナ研究の科学論文の動向分析結果を冊子として発行

同冊子の第4章では、JSTが推進している「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)への対応に向けたプランB研究」事業をまとめて解説している。

当時、JST理事長だった濱口道成氏※1は、COVID-19に対する研究開発の本命になる「プランA」はワクチンと治療薬の開発と事業化という医療分野での研究開発になるとし、プランBとして、「制限無く移動ができ、自由に人と会える・集える、経済活動ができる社会を実現」する研究を提唱した。

プランBでは、「見つける」「清める」「護る」の3つのテーマで、JSTの研究開発プロジェクトとして研究開発プロジェクトを募集し、その中から優れた研究を選び、研究開発費を提供し、実用化を図っている。

  • JSTが示した「プランB」研究開発プロジェクトの概念図

    JSTが示した「プランB」研究開発プロジェクトの概念図

プランBのCOVID-19を「見つける」研究開発テーマでは、「フォトニック結晶シートを用いる高感度ウイルス検出技術」や「低侵襲ハイスループット・光濃縮システム」、「デジタルウイルス検出法」といった研究開発プロジェクトを進めている最中だ。

エビデンス分析室は、こうした「見つける」研究開発・事業化テーマの基盤となった世界中の研究開発論文を、クラリベイト・アナリティクス社(本社は米国フィラデルフィア市、日本オフィスは東京都港区)が発行している「ホットペーパー」を分析し、その論文の中身を紹介し、なぜ被引用数が多いかを分析している。

ホットペーパーは、科学技術論文の中で直近2カ月間の被引用数がトップ0.1%に入っている有用・重要な科学技術論文で、2カ月ごとに年に6回出版・公開されている。

シグマエビデンスでは、見つける技術について、「COVID-19の核酸増殖法のRT-PCR法やLAMP法」や「抗体検出法」、「バイオセンサ」、「CRISPR/CAS」、「廃水からの検出法」、「AI(人工知能)による診断」といった6テーマについて、最新論文の傾向を分析しており、まだまだ有力な研究開発テーマが見いだせる可能性があるとしている。

2020年のvol.1から2021年のvol.3までに発行されたホットペーパーでは、核酸増殖法のRT-PCR法やLAMP法について、16報の科学技術論文が紹介されている。

その中で、登場回数が多い科学技術論文を書いたのは、ドイツのシャリテ・ベルリン医科大学のリアルタイム核酸増幅法(PCR法)のリアルタイムRT-PCR法(逆転写RT-PCR法)についての科学技術論文だった。

この科学技術論文では当時、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)の検出に適用したという速報内容が書かれており、まだ人から人への感染が明確ではなかった初期にリアルタイムRT-PCR法の適用を報告している。そして、このリアルタイムRT-PCR法を適用した診断ワークフローの確立・検証についても解説している。

シグマエビデンスでは、RT-PCR法について、「米国ジョンズ・ホプキンス大学の『暴露後の時間経過とRT-PCR法による偽陽性率の変動』と、中国の華中科技大学の『新型コロナのPCR結果と胸部CT画像の相関』がよく引用された論文として登場している」と分析している。

唾液検体比較では、日本の愛知医科大学病院の検査検体比較を解説した科学技術論文が紹介されていた。COVID-19の発症直後の検体では、唾液標本と鼻咽喉スワブ標本の定性的結果は類似していたが、回復期になると唾液標本の方が優れていることを示唆する結果が得られたと伝えている。

抗体検出法では、香港大学の「喉の奥の唾液サンプルと血清抗体反応におけるウイルス量の時間的プロファイル」という論文がよく引用されたとシグマエビデンス内で紹介されている。

ウイルスのRNAやスパイクタンパク質などを検出するバイオセンサもよく引用された論文として登場している。スイス連邦工科大学の「2元機能プラズモニック光熱バイオセンサ」と、韓国の韓国基礎科学研究所の「FETバイオセンサ」がよく引用され、実用化が進んだようだ。

廃水からの検出については、オーストラリアのクイーンズランド大学が報告した「廃水中の新型コロナウイルスを濃縮し、RT-qPCT(逆転写量)からRNAコピー量を算出し、モンテカルロシミュレーション法から、対象となる流域での患者数の中央値を推定する」論文がよく引用されていた。日本では、北海道大学の北島正章准教授の研究グループが行っている廃水からの推定法が紹介されている。

一方で、「清める」研究開発テーマでは、ホットペーパーでの紹介は4報に留まり、レビュー的な内容の論文に留まっていたという。

「護る」研究開発テーマでは、マスクについての論文が多かったとしている。

米国シカゴ大学とアルゴンヌ国立研究所は、マスクの素材によるウイルスのろ過率を研究しており、コットンシルク、コットンシフォン、コットンフランネルなどのハイブリッド素材のろ過率は粒子径300nm未満で80%以上、粒子径300nm以上で90%以上だったと報告している。

シグマエビデンスの中では、米フロリダ・アトランティック大学の「フェイスマスクの有効性を可視化」する実験装置について解説しており、また、注目を集めているという英オックスフォード大学が分析したSARS-CoV-2の接触管理ソフトウェアの活用度合いの効果分析も興味深いとしている。その上で、日本での接触管理ソフトウェアの活用法と比較することが新しい視点を見いだす可能性を指摘している。

筆者注釈

※1濱口道成氏は2022年3月31日までJST理事長を務めていた。2022年4月1日に橋本和仁氏がJST理事長に就任している。参考:JST、新理事長に現NIMS理事長の橋本氏が就任と公表