理化学研究所(理研)は3月3日、強誘電性を持った「ネマチック液晶」に光応答性を付与し、光によって比誘電率を広範囲にわたって制御できる材料を開発し、その応用例として「フォトコンデンサ」の開発に成功したと発表した。

同成果は、理研 創発物性科学研究センター(CEMS) ソフトマター物性チームの西川浩矢特別研究員、同・荒岡史人チームリーダー、理研 CEMS 創発生体関連ソフトマター研究チームの佐野航季基礎科学特別研究員(現・信州大学助教)らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

高い流動性を持った状態の有機物であるネマチック液晶は、光シャッターとして利用できることから、スマートフォンやテレビなどの表示素子に広く用いられているほか、近年、強誘電性を有するネマチック液晶が報告され、有機物としては最大級の1万を超える比誘電率が確認された。その強誘電性の発現原理はまだ解明されていないものの、優れた特性から、広い分野での活用が期待されるようになっている。

そこで研究チームは今回、強誘電性ネマチック液晶を応用して、光の応答により電気を蓄えたり放出したりする「フォトコンデンサ」の開発を試みることにしたという。

今回の研究でその材料として選ばれたのは「含ジオキサンフッ素系液晶性化合物」の「DIO」で、そこに光応答性を持つ有機分子を少量添加することで、可視光に応答し、比誘電率がおよそ100倍ほど変化する材料を開発することに成功したとする。

また、添加された光応答性の有機分子には、強誘電性ネマチック液晶に対する高い混合親和性を持ちながらも、可視光によって光異性化反応を示すアゾベンゼン基を持つ色素、通称「Azo-F」を新たに合成して用いられた。

Azo-Fを添加した強誘電性ネマチック液晶は、波長500~550nmの緑色の光を照射すると比誘電率が減少し、波長400~450nmの青色の光を照射すると比誘電率が増加するという特性を見せることが確認された。具体的には、Azo-Fを4%混合した強誘電性ネマチック液晶では、光照射前の比誘電率は最大値で約1万8000だったものが、緑色の光(波長525nm)の30秒照射で、最小値が約200まで下がることを確認。また、そこから青色の光(波長415nm)を30秒照射すると、比誘電率が約1万8000までほぼ戻ることも確認されたという。

緑色と青色の光を交互に照射して、可逆的な変化を100回ほど繰り返しても変化が維持されていること、レーザーなどのより強い光を用いると数秒以下で同様の変化が得られることなども確認されたとする。

詳細な調査から、緑色光が照射されたときにはAzo-Fが「シス体」と呼ばれる嵩が高い状態に光異性化することで、強誘電性ネマチック液晶の配向秩序に擾乱を与えて強誘電性の分極構造を破壊し、強誘電性ではない通常のネマチック液晶に相転移していることが判明したほか、青色光を照射したときには、Azo-Fは「トランス体」という親和性の高い状態に光異性化することで、強誘電状態を復元することが判明。この結果について研究チームでは、強誘電性ネマチック液晶では、分子の局所的な配向構造が強誘電性の発現に関わっていることが示されているとしている。

  • フォトコンデンサ

    (左)光照射によって比誘電率が変化する仕組み。(右)今回開発された光応答性強誘電性ネマチック液晶混合物の化学構造式。強誘電性ネマチック液晶DIO(上)を主材料として、新しく合成されたアゾベンゼン色素Azo-F(下)が少量添加された (出所:理研Webサイト)

これらの成果を踏まえ、実際にフォトコンデンサへの応用を確認すべく、強誘電性ネマチック液晶を可視域において光透過性を持つインジウム・スズ酸化物半導体(ITO)の電極で挟んだだけの簡易的な平行平板コンデンサを製作し試験を実施。その結果、静電容量を約4nFから360nFにわたって光制御できることが確認されたほか、より実用状態に近い電気回路での動作を確認するために、フォトコンデンサを電気発振回路へ組み込み、光照射下での動作を調べたところ、100Hz~8.5kHzの範囲で発振周波数を変化させることに成功。研究チームでは、100Hz~8.5kHzの動作周波数範囲は4nF~360nFの静電容量変化に対応するが、動作限界周波数はこの外側にあると考えられるとしている。

  • フォトコンデンサ

    従来のフォトレジスタ、フォトダイオードとフォトコンデンサの比較。これまでに実現されている光に応答する電気素子(フォトレジスタ、フォトダイオード)と、今回実現されたフォトコンデンサの比較。フォトコンデンサの回路記号は、これまでの光応答素子の記号に倣って考案された (出所:理研Webサイト)

  • フォトコンデンサ

    光照射による比誘電率の変化。(A)緑色、次いで青色の光を各30秒ずつ照射した際の比誘電率の変化。(B)照射時の比誘電率(1kHz)の時間変化とその繰り返し試験。(C)さまざまな外部刺激(熱、電気、化学、物理、光)で比誘電率を変える既知材料群との比較 (出所:理研Webサイト)

  • フォトコンデンサ

    液晶を用いた平行平板コンデンサの概略図。(A)従来のネマチック液晶を使ったコンデンサと、強誘電性ネマチック液晶を2枚のITO(インジウム・スズ酸化物半導体)電極板で挟んで作製した平行平板コンデンサ(液晶セル)。(B)静電容量と誘電率の関係 (出所:理研Webサイト)

  • フォトコンデンサ

    フォトコンデンサの概略図と可視光照射による静電容量の制御。フォトコンデンサは強誘電ネマチックと光応答性アゾベンゼン色素の混合物を液晶セルに注入しただけで作製できる (出所:理研Webサイト)

研究チームによると、光応答性の強誘電性ネマチック液晶は、今回のフォトコンデンサ以外にも、これまでにないさまざまな光電気素子の実現が期待できるという。単純な構造でありながら光照射によって高容量状態と低容量状態とを行き来できることから、電力需要に応じて自在に出力電力を変化させる蓄電装置など、新たな電気素子の要素技術となり得るとするほか、今回の研究では加熱が必要な材料が使われたが、室温でも利用できる強誘電性ネマチック液晶はすでに開発されていることから、それを用いることで室温でも動作するフォトコンデンサが実現可能だとする。また、基本的な素子構造は液晶ディスプレイと同じであるため、既存の液晶技術・産業基盤を利用できる可能性も期待できるともしている。