東京大学(東大)は2月25日、SiC半導体結晶基板の表面に単一原子層のグラフェンを作製し、その上にカルシウム(Ca)を蒸着して加熱処理してできた試料を冷やすと、超伝導を発現することを発見したと発表した。

同成果は、東大 理学系研究科 物理学専攻の遠山晴子大学院生、同・秋山了太助教、同・遠藤由大大学院生(研究当時)、同・長谷川修司教授、東京工業大学 理学院物理学系の一ノ倉聖助教、同・平原徹准教授、東京大学 物性研究所の飯盛拓嗣技術職員、同・小森文夫教授(研究当時)らの研究チームによるもの。詳細は、ナノサイエンスとナノテクノロジーの全般を扱う学術誌「ACS Nano」に掲載された。

グラフェンは、厚みが原子1個分のシート状物質であり、シリコンなどの通常の半導体中の電子と比べ、電子が速く移動するという特性がある。そこで研究チームは今回、その特性を活かしつつ、グラフェンに超伝導を誘起させ、その仕組みを明らかにすることを試みることにしたという。

グラフェンに超伝導を誘起する手段としては、SiC半導体結晶基板上に成長させた2層グラフェンにおいて、Ca原子を挿入すると超伝導になることが、研究チームのこれまでの研究にて報告されていたが、超伝導になるかどうかは、原子挿入後のグラフェンの層間距離、挿入原子の配列密度と価数などが関わっており、これまで、それらを上手く満たすCa原子挿入でしか報告されておらず、Ca原子がどの位置に挿入されているのか、また超伝導を引き起こす電子状態は何なのかは良く分かっていなかったという。

今回の研究では、最も薄い「1原子層」のグラフェンに対してCa原子を蒸着させた上で加熱を実施することで、超伝導が発現することが確認されたとする。これまでグラフェン層間に金属原子が挿入された構造を得るためには、グラフェンが最低でも2層は必要と考えられていたが、今回のようにSiC基板上の1層グラフェンの場合は、界面において原子構造の変化が起こるために、最初は1層のグラフェンであっても最終的に2層グラフェンへと変化し、2層グラフェンの層間にCa原子が挿入されることで超伝導が発現することが判明。グラフェンと基板との界面が重要な役割を果たすことが判明し、これにより、これまで不明確だった「Ca挿入超伝導グラフェン」の原子・電子構造の全体像が明らかになったと研究チームでは説明している。

  • 超伝導

    (a)Ca原子挿入の過程における原子構造変化の模式図(横から見た断面図)。左端が始状態であるSiC基板上の1層グラフェン。そこへCaが挿入されると2層グラフェンに変化し、その2層グラフェンの層間にCa原子が挿入されることで、「Ca挿入超伝導2層グラフェン」が得られる。(b・c)超伝導Ca挿入2層グラフェンの2次元抵抗率(シート抵抗)の各面直磁場下における温度依存性、および各温度における面直磁場依存性。磁場をかけたり、温度を上げるほど超伝導が壊れることが系統的に示されている (出所:東大Webサイト)

また、一般に超伝導を引き起こすためには多くの電子を必要とするが、今回の系では挿入されたCa原子から供給された電子のほかに、グラフェンとSiC基板との界面からも電子がグラフェンへ供給されることが確認され、これまで注目されてこなかった界面の効果が今回の系の超伝導発現において重要であることがわかったともしている。

さらに、自由電子的な振る舞いを仮定した従来型の超伝導理論であるBCS理論では、物質の電気伝導度が上昇するにつれ超伝導転移温度は単調に上がっていくが、今回の系では電気伝導度が上昇すると、あるところで逆に超伝導転移温度が低下するという、従来の理論では説明できない特異な振る舞いが観測されたともしている。

  • 超伝導

    常伝導(超伝導がこわれたとき)における電気伝導度(常伝導伝導度)と、超伝導転移温度との関係。赤い部分は超伝導相、薄い青緑の部分は常伝導相。赤い矢印は、常伝導の電気伝導度が上昇しているのに超伝導転移温度が低下するという特異な振る舞いが示されている (出所:東大Webサイト)

この特異な振る舞いについて研究チームでは、「ファン・ホーブ特異点」という特殊な電子構造が関わっている可能性があることが示されているという。その電子状態は、さまざまなエキゾチックな性質が予測され、実証が待たれている「非従来型超伝導」を引き起こす可能性が予測されているとしており、今回の成果は、Ca挿入グラフェンの超伝導に特異性があることを実験的に示したものだといえるとする。

なお、研究チームでは、今回の研究成果について、より高い超伝導転移温度を持つ、新たなグラフェン超伝導体を探る上での具体的な指針を見出し、グラフェンを舞台とした非従来型超伝導への探索の道を切り開くものだとしているほか、次世代材料であるSiC基板上に、グラフェン2次元超伝導体チップを構築できるという強みを活かすことで、省エネルギーな新奇高速原子層デバイスの開発に貢献することなども期待されるとしている。