東京大学(東大)は2月8日、進行性前立腺がんを発症した犬において、制御性T細胞(Treg)が腫瘍組織に浸潤するメカニズムを明らかにし、その阻害剤を用いたTreg浸潤抑制が有効な免疫療法となることを獣医師主導臨床試験により証明したことを発表した。

同成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 獣医学専攻の前田真吾助教、同・茂木朋貴特任助教、飯尾亜樹大学院生、同・梶健二朗特任研究員、同・米澤智洋准教授、同・桃井康行教授らの研究チームによるもの。詳細は、がん免疫療法学会が刊行する腫瘍免疫学とがん免疫療法の全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Journal for ImmunoTherapy of Cancer」に掲載された。

前立腺がんは男性に発生する頻度の高い悪性腫瘍として知られており、一般的に男性ホルモンを抑制するホルモン療法によく反応し、多くの患者の予後は良好とされる。しかし、約10%の患者はホルモン療法が反応しない去勢抵抗性前立腺がんへと進行してしまうほか、腫瘍細胞が前立腺以外の臓器に広がり、リンパ節や肺、骨に転移してしまう進行性前立腺がんでは生存期間中央値が15か月程度と予後不良であり、有効な治療法の開発が求められている。しかし去勢抵抗性や転移能、抗腫瘍免疫を有する進行性前立腺がんのマウスモデルは限られており、その研究はほかの固形がんと比べて遅れているという。

そうした中、注目されるようになってきたのが一定の割合で前立腺がんを自然発症する唯一の動物である犬で、その臨床症状や進行・転移様式、ホルモン療法に反応しない去勢抵抗性などの特徴はヒトの進行性前立腺がんと類似していることがわかっている。

そのため、犬の前立腺がんがヒトの進行性前立腺がんの有用な動物モデルとなるのではないかと考えられており、今回の研究でも進行性前立腺がんを自然発症した犬を対象に、発症したTregの腫瘍内浸潤メカニズムの解明ならびに、その分子メカニズムに基づいた治療法の有効性の評価を行ったという。

具体的には、犬の進行性前立腺がんの腫瘍組織を調べたところ、約半数の症例でTregが顕著に認められたとするほか、正常な前立腺組織では、Tregはほとんど認められなかったという。そこで、前立腺がんの犬をTreg高浸潤群と低浸潤群に分類し、各群の予後の比較を実施したところ、Treg高浸潤群の方が、低浸潤群よりも生存期間が短いことが判明したほか、Treg浸潤メカニズムの解明に向け次世代シーケンサーを用いた正常前立腺と進行性前立腺がんの遺伝子発現に関する網羅的な解析から、前立腺がんではケモカイン(サイトカインの一種)「CCL17」の発現が正常組織の約700倍に増加していること、ならびに前立腺がん組織に存在するTregがCCL17の受容体である「CCR4」を高発現していることを確認したとする。

  • 進行性前立腺がん

    犬の進行性前立腺がんにおけるTreg浸潤。(左・中央)正常な前立腺組織ではTregがほとんど観察されないのに対して、前立腺がん組織では多数のTreg(茶色く染色されている細胞)が認められた。(右)犬の前立腺がん症例において、Treg高浸潤群の方が低浸潤群に比べて生存期間が短縮していた (出所:東大Webサイト)

また、進行性前立腺がんの犬を2つのグループに分け、1つには標準治療として用いられる薬剤を単独で投与し、もう1つのグループには標準治療薬に加えてCCR4阻害剤を投与する獣医師主導臨床試験を実施したところ、CCR4阻害剤が投与された症例では血液中および腫瘍組織中のTregが減少し、腫瘤体積の縮小や腫瘤内部の融解が認められたほか、CCR4阻害剤を投与した群と標準治療を実施したコントロール群の生存期間比較からは、コントロール群と比べてCCR4阻害剤投与群では生存期間が約3倍に延長していることが示されたとする。

  • 進行性前立腺がん

    進行性前立腺がんの犬に対するCCR4阻害剤の獣医師主導臨床試験。(左)治療前の前立腺腫瘤(矢頭)と比較して、CCR4阻害剤の投与後では腫瘤サイズの顕著な縮小(症例1)や腫瘤内部の融解(症例2)が認められた。(右)標準治療が施されたコントロール群(黄色)と比べ、CCR4阻害剤を併用投与した群(緑色)では、生存期間が約3倍に延長した (出所:東大Webサイト)

さらに、犬とヒトの前立腺がんの遺伝子発現パターン解析から、ヒト前立腺がんの一部の患者では、犬に類似した遺伝子発現パターンを有していることが判明。ヒトの前立腺がん患者の腫瘍組織においても犬と同様に多数のTregが観察され、腫瘍組織内に浸潤しているTregはCCR4が高発現していること、ならびにCCL17を高発現している患者はそうでない患者と比べて生存期間が短いことが確認されたという。

これらの結果を踏まえ、研究チームでは、今後、ヒトの進行性前立腺がんに対するCCR4阻害剤の臨床試験を実施することで、新たな免疫療法の誕生につながることが期待されるとしている。