理化学研究所(理研)、科学技術振興機構(JST)、キューテック(オランダ)の3者は1月20日、シリコン量子ドットデバイス中の電子スピンを用いて、高精度なユニバーサル操作を実証したと発表した。
同成果は、理研 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループの野入亮人基礎科学特別研究員、同・武田健太研究員、同・樽茶清悟グループディレクター、同・中島峻上級研究員、理研 量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チームの小林嵩研究員、キューテックのアミヤ・サマック研究員、同・ジョルダノ・スカプッチチームリーダーらの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。
汎用的な量子コンピュータを実現する上で求められているのが、誤り訂正を行う回路の実装であり、これまで考案されてきたさまざまな回路において、ユニバーサル操作(量子操作を構成する基本的な操作の集合で、単一量子ビット操作と2量子ビット操作からなる)の操作精度(忠実度)で約99%以上が実行要件(誤り訂正しきい値)となっており、これを超す忠実度でユニバーサル操作を実現しているのは、これまで超電導系とイオントラップ系に限られていた。
シリコン半導体技術の応用線上にあるシリコン量子コンピュータは、大規模量子コンピュータの実装に適しているとされているが、ユニバーサル操作のうち、単一ビット操作は誤り訂正しきい値以上の高い忠実操作が達成されていたが、2量子ビット操作においては、操作速度がコヒーレンス時間に対して遅く、操作忠実度が誤り訂正しきい値以下(98%)に制限されていたという。
そうした中、研究チームは今回、シリコン2重量子ドット中の2電子スピンにおいて、誤り訂正しきい値以上の忠実度でユニバーサル操作を実現することを目指した研究を行ったという。
具体的には、シリコンスピン量子コンピュータで一般的に用いられている、歪シリコン/シリコンゲルマニウム量子井戸基板上に微細加工を施す形で量子ドット構造を作製。3層からなるアルミニウム微細ゲート電極に正電圧を加えることで、量子井戸中に電子を電界誘起し、高い自由度で量子ドットを形成、制御が可能であり、今回の場合、シリコン量子井戸を同位体制御シリコンで作製することで磁場雑音を低減し、長いコヒーレンス時間を実現したという。
実験は、P1、P2ゲート電極の先端直下に形成された2つの量子ドットに電子を1つずつ閉じ込め、それらの電子スピンを操作。試料のゲート電極上に作製されたコバルト製の微小磁石を用いた高速スピン回転操作と、ゲート電極デザインおよび試料の動作条件の最適化によって達成した大きな交換結合によって、2量子ビット操作速度を従来の10倍に高速化できることが確認されたとする。
また、基本的な2量子ビット操作である制御NOT(CNOT)操作の操作忠実度を、ランダム化ベンチマーク法を用いて評価したところ、99.5%の操作忠実度が得られたほか、単一量子ビットの操作忠実度もランダム化ベンチマーク法で評価したところ、99.8%という誤り訂正しきい値以上の操作忠実度が得られたという。
さらに、ユニバーサル操作を用いて、量子アルゴリズムのドイチェ・ジョザのアルゴリズムとグローバーの探索アルゴリズムを実行したところ、いずれのアルゴリズムにおいても96~97%という高い忠実度で正しい結果を出力でき、シリコン量子コンピュータにおいて高い精度で量子計算が実行可能なことが実証されたとしている。
研究チームでは、今回の研究で確立された高精度ユニバーサル操作を用いれば、シリコン量子コンピュータにおける誤り訂正の実証とその性能評価が可能になると考えられるとしているほか、数十量子ビット程度の中規模量子コンピュータであれば、高い操作忠実度を活かし、誤り訂正なしのNISQデバイスとして、古典コンピュータ以上の計算パフォーマンスを実現することが期待されるとしており、今後、大規模量子コンピュータの実現に向けた研究開発が加速することが期待できるとしている。