日本原子力研究開発機構(JAEA)は12月24日、電子スピン(磁性体の磁気)が、電気抵抗に影響されず電圧によって省電力で制御されるメカニズムを、電子の持つ数学的構造である「トポロジー」に基づき、新たな理論「トポロジカル・ホール・トルク」として見出すことに成功したと発表した。

また、2007年の実験で発見されて以来、14年間未解決のままだった、強磁性体金属「ルテニウム酸ストロンチウム」(SrRuO3)における電気的な磁気制御の測定結果についての、従来の「スピン移行トルク」メカニズムでは説明不可能だった現象も、今回のトポロジカル・ホール・トルク理論で説明できることも併せて発表された。

同成果は、JAEA 先端基礎研究センター スピン-エネルギー変換材料科学研究チームの荒木康史任期付研究員(文部科学省卓越研究員)、同・家田淳一研究主幹らの研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する主力学術誌「Physical Review Letters」に現地時間12月28日に掲載される予定だという。

高速・大容量の情報処理を実現するための技術として、電子の回転を利用するスピントロニクスが精力的に研究されており、その磁気制御を使えば、磁性体に書き込まれた大容量の情報を高速で処理でき、メモリや演算装置などに応用できると期待されている。

磁性体の中で情報を記録・演算するためには、電気信号により磁気を制御する技術が不可欠で、電気的な磁気制御の基本原理として、1990年代に理論提案されて以降広く用いられてきたスピン移行トルクと呼ばれるメカニズムが知られている。しかし、金属中を流れる電流は必ず電気抵抗を受けるため、スピン移行トルクにより磁気を制御する際には、電気抵抗による発熱(ジュール熱)に起因してエネルギー損失が発生してしまう。

そのため、より少ない電流・消費電力での磁気制御を目指して、従来のスピン移行トルクを超える効率を実現できる新しいメカニズム、およびそれを可能とする磁性材料の探索が世界中で求められている。そうした中、研究チームは今回、電気抵抗に影響されない磁気制御のメカニズムを、基礎理論の観点から探索することにしたという。

今回の研究において研究チームは、電圧をかけた物質中で、電子のスピンが磁性体の磁気を変化させる過程を、シンプルな数式にまとめたという。この数式の中で、電気抵抗から受ける影響や、磁気配列のパターンの有無に応じて、磁気制御の過程が4種類に分類。その4種類の中には、先行研究で提案された磁気制御の過程がいくつか内包されており、従来のスピン移行トルクもそのうちの1つとして含まれているという。

一方で、新たな過程として、電気抵抗の影響を受けず、電圧の信号だけで、省電力で磁気の配列を操作できる過程があることが見出されたという。この過程は、物質中の電子が「スピン-運動量結合」と「異常速度」という2つの性質を併せ持つ場合に現れることが判明。この2つのうち、特に重要となる性質が異常速度だという。これは、電子が電圧を受けて動く際、電圧と同じ方向に動くのではなく、垂直方向に速度を持つ、すなわち横にカーブしていく性質であり、電気抵抗によるエネルギー損失の影響を受けない運動で、減速されることなく一定の速度で動いていくという。

古典電磁気学に対し、直感的に反する動きであるこの性質は、物質中で電子が持つ内部構造「トポロジー」に由来していることが、1990年代以降の理論研究により明らかにされてきた。異常速度によって起こる有名な現象には、かけた電圧と直交する方向に電流が流れる、「異常ホール効果」と呼ばれる現象がある。「トポロジカル絶縁体」や「ワイル半金属」と呼ばれる物質群では、電子のトポロジー構造が強く備わっており、実験的にも異常ホール効果が現れることが実際に確認されている。

この異常速度によって、電圧を受けた電子は電気抵抗に影響されずに垂直方向に動く。さらにスピン-運動量結合が組み合わさることによって、電子の動きに従ってスピンの向きも揃うという。これらの過程によって、磁気の配列に対して電圧をかけることで、電子のスピンの向きが揃い、磁気の制御を実現できることが示されたという。研究チームはこのメカニズムに対し、「トポロジカル・ホール・トルク」と命名。従来のスピン移行トルクと異なる、省電力の新たな磁気制御のメカニズムとして提案された。

  • トポロジカル・ホール・トルク

    電気的な磁気制御メカニズムの模式図。(左)従来の電流を用いる方法。(右)今回の研究では、従来法とは異なり、電圧を使って省電力で磁気を制御できる新しい原理が提案された (出所:JAEA Webサイト)

また、このトポロジカル・ホール・トルク理論により、過去の実験報告以降14年間未解明であった、強磁性体金属SrRuO3における電気的な磁気制御の測定結果に関する問題が解決されたという。

スピントロニクス素子の高速・大容量化のためには、その基礎となる「電気的な磁気の制御」において、消費電力を削減しエネルギー効率を向上させることが不可欠だが、今回の提案された新理論は、この課題に対し、スピン-運動量結合と異常速度という2つの性質を併せ持つ物質が適していることを示唆しているという。

  • トポロジカル・ホール・トルク

    磁性体の磁気と、2進数の情報(0,1)の対応の概念図 (出所:JAEA Webサイト)

このうち特に異常速度は、異常ホール効果など、電流の性質という観点では従来から注目されていたものの、磁気制御への寄与については、これまでほとんど考慮されていなかったとする。

  • トポロジカル・ホール・トルク

    今回の研究で示された、磁気制御の過程の分類 (出所:JAEA Webサイト)

なお、研究チームでは、今後、磁気制御にさらに適した物質を選択・設計していく際には、異常速度、およびその起源となる電子のトポロジーが、物質開発の新たな指針として働くことが期待されるという。つまり、従来工学への応用があまり考慮されていなかった、トポロジーを強く示されているように物質の組成や結晶構造を調整することで、磁気制御の省電力化を実現するような物質にアプローチすることが可能になるとしている。

今回の研究は、このような物質開発の方向性を提示することにより、スピントロニクスを用いる磁気メモリや演算装置の高速・大容量化への道を拓き、情報化社会の加速的発展に貢献するものだとしている。