宇宙航空研究開発機構(JAXA)は12月21日、「はやぶさ2」がC型小惑星リュウグウから持ち帰った試料に関するフランス宇宙天体物理学研究所(IAS)によって開発された非破壊・非接触の近赤外ハイパースペクトル顕微鏡「マイクロオメガ」による詳細な観測結果を発表した。
同成果は、パリ・サクレー大学 宇宙天体物理学研究所のCedric Pilorget氏を筆頭に、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)、東京大学、フランス国立宇宙研究センター、マリン・ワーク・ジャパン、総合研究大学院大学、神戸大学、会津大学、国立天文台、名古屋大学の40名の研究者からなる国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の天文学術誌「Nature Astronomy」に掲載された。
はやぶさ2がリュウグウから採取した試料についての初期分析が実施され、その際に非汚染かつ非破壊の観察で活躍したのが赤外分光顕微鏡「マイクロオメガ」である。同顕微鏡は、近赤外線(0.99~3.65μm)を音響光学素子(AOTF)によって波長10~20nmの波長幅で走査した単色光源を試料に照射し、約5×5mm2の領域を2次元検出器(HgCdTe検出器、256×250画素)で撮像するというもの。解像度は約22.5μm/pixで、画素ごとに最大400波長チャンネルの反射分光スペクトルを取得可能となっている。画素あたりの照射強度は微弱(≦10-8W/pix)で、試料とは非接触であるため、非破壊・非汚染のままで分析が可能。始原的隕石に含まれる主要な鉱物や分子種・官能基(例えば、苦鉄質鉱物、変成相、氷(OH基)、脂肪族/芳香族(CH基)、窒素化合物(NH基)など)の特徴を検知することができる。
試料の初期分析においてこのマイクロオメガが使用され、視野全域の平均値とともに、高い空間解像度で個別粒子ごとや粒子の局所領域ごとに、水や有機物の吸収帯を含む波長域のスペクトル測定が実施された。
その結果、同じ初期分析で実施されたフーリエ赤外分光(FTIR)による観察結果と、ほぼ一致することが確認されたほか、はやぶさ2搭載の近赤外分光計「NIRS3」による数mスケールでの平均スペクトルと同様のパターンを示すことも確認されたという。
また、OH基と比定される中心波長2.715±0.005μmの強くシャープな吸収帯(2.7μm帯)は、NIRS3のスペクトルの特徴と類似することも判明したほか、表層から採取されたバルクA試料と、地下物質が含まれると考えられるバルクC試料の結果に有意な差異は見られなかったという。
一方、試料の2.7μm帯の吸収深さは12~18%であり、NIRS3の7~10%に比べて深いことも判明。この相違は、機器特性に依存する可能性も残されるとするが、小惑星表面の観測時の太陽光照射条件の違いや日影の影響、試料採取時に生じた微小なクラックなどの破砕に起因する可能性もあるともしている。
ただし、試料の分光的特徴は、リュウグウがほぼ全球に渡って2~3%の低反射率であり、かつ2.7μm帯の狭い吸収がほぼ均一であるというONCやNIRS3による観測結果とよく一致していることから、この数mmスケールのバルク試料はリュウグウの表層物質を代表する物質と考えられるとしている。
また3.4μm帯については、個別粒子の観測においては高精度な分光観測が可能であるため、大部分の粒子で脂肪族有機物の特徴を示すことが判明。なおかつ、CH2伸縮に起因する3.41μmの吸収がCH3由来の3.38μmの吸収よりも卓越することから、脂肪族の炭素鎖が長い(重合度が大きい)ことが示唆されたとするほか、3.1μm帯についても、粒径数100μmの粒子の場合、反射率は約10%と高く、2.7μm帯の深い吸収が存在(~45%)し、かつ強い3.06μmとやや弱い3.24μmの複合吸収帯があることから、ヒドロキシル化した窒素に富む相と考えられ、NH4ケイ酸塩、NH4水酸化塩に富む有機物が候補とされた。
さらに、水質変成を想起させることから注目すべき存在だという炭酸塩も検出。全体の1%弱にあたる粒径数十~数百μmの個別粒子や粒子内含有物では3.4μm帯の特徴が脂肪族有機物とは異なり、炭酸塩である特徴を示すという。粒子表面の5%程度の領域で、炭酸塩が含まれるようなスペクトル形状を示すことから、炭酸塩が多数の粒子中に、微小な粒子として含まれている可能性が高いとしている。
炭酸塩の最大粒子は、試料容器A1内で発見された粒径400μmのものであり、粒子全体が炭酸塩の特徴を示している。炭酸塩に特徴的な2.3μm、2.5μmと強い3.3~3.5μmの二重ピークや台形の特徴が示されており、さらに波長1.6μm以下で赤化による傾斜が見られるという。この赤化はFe2+による影響であり、変成作用によってMgやCaなど、ほかの陽イオンと交換されたと考えられるとしている。
加えて、隕石中でよく発見されるように、Caに富む炭酸塩が、マイクロオメガの測定限界である粒径50μm以下の細粒として多数存在する可能性があり、今後の分析結果が待たれるという。
そのほかの特徴としては水酸化塩も検知、水質変成が起きた重要な証拠となり得るという。OH基と比定される幅広の3μmの吸収帯と狭い2.7μm帯を併せ持ち、数個ずつであるがバルクA試料とバルクC試料の両方で存在が確認されているほか、2.1~2.2μmに微弱な吸収帯が見られることや、2.7μm帯のピーク位置がバルク試料に比べて10nmほど長波長側にシフトしている特徴から、Al-OHに富む化合物、おそらく水酸化アルミニウム鉱物のダイアスポア(ジアスポル)と思われるとしており、水(H2O)の化合物である可能性は低いとしている。
なお研究チームでは、今後、詳細な分析が進むことで、太陽系の起源と進化の概念を再考させることになるだろうとしているほか、今回の成果について、2021年夏に実施されたより詳細な初期分析チームなどへの情報提供や、2022年に実施予定の公募研究のための配布資料カタログの作成に活用される計画だともしている。