高エネルギー加速器研究機構(KEK)は10月27日、レーザー衝撃による金属銅の破壊に伴う原子構造の変化を、放射光を用いたX線吸収分光とX線回折を併用する新しい手法を用いて、ナノ秒レベルの時間スケールで詳細に調べたところ、破壊する瞬間にこれまで知られていなかった不思議な原子配列が出現することが見出されたと発表した。
同成果は、KEK 物質構造科学研究所(IMSS)の丹羽尉博技師、同・高橋慧博士研究員、同・一柳光平研究員、同・阿部仁准教授、同・木村正雄教授、European XFELの佐藤篤志シニア・サイエンティストらの国際共同研究チームによるもの。詳細は、材料工学を扱う学術誌「Materials Science & Engineering A」に掲載された。
人類は金属を活用することで生活を豊かにしてきたが、いまだに金属内をき裂が伝搬して破壊するときのメカニズムの完全解明には至っていないという。き裂先端の局部は応力が集中した特殊な状態になり、そのき裂の先端が超高速で材料中を伝播することが理由であり、例えば銅中でのき裂の伝播速度は、およそ秒速5000mとされている。それだけの高速度のため、観察をすることそのものが難しいとされていたほか、薄膜にして電子顕微鏡で測定するにしても、実際の材料とは破壊挙動が異なる可能性を考慮する必要があったという。
そこで研究チームは今回、放射光を用いた相補的な2つの計測手法とレーザーを組み合わせた新たな観察法を開発。金属が破壊される瞬間の原子配列構造を捉えることに挑むことにしたという。
数多くの先行研究を踏まえ、破壊の瞬間を捉えるには「数~数100ナノ秒の時間領域」がポイントと判断。このわずかな時間の間に、破壊という不可逆反応を数ナノ秒の時間分解能で観察するためにKEK IMSSの放射光施設「PF-AR」が選択されたという。
金属は、ゆっくり変形したときには「転位」と呼ばれる「局所の原子配列のズレ」が材料内を移動し、結果として大きなスケールにおける原子配列の変化(変形)が生じることがわかっている。そのことから、破壊の直前にも転位密度が大きくなり、結晶が大きく乱れる可能性があることが予想された。
そこで、X線吸収分光により銅原子に近接する原子間の構造を、またX線回折により銅原子の数100個オーダー全体としての原子配列の構造を捉えることにしたとするほか、レーザー照射後の時間(t)を変えてX線吸収分光およびX線回折を行うことで、レーザー照射された銅のナノ構造が変化する様子を調べたところ、時間とともに銅金属のナノ構造状態が、(1)弾性変形(t=0~20ns)、(2)塑性変形(t=20~50ns)を経て、(3)近接する原子間の構造は大きく乱れているのに、数100個の原子列全体では結晶の特定方位での配列が揃っているという不思議な原子配列状態の「short-range-disorder-only state」(t=50~320ns)が出現し、破壊に至ることが確認されたという。
弾性変形状態や塑性変形状態が起こることは、これまでの研究からも推測されており、一部動的な直接観察もされていたが、short-range-disorder-only stateは、今回の研究で初めて確認された事象だという。
これまで金属は、「近接する原子間のスケールでの構造」、「数100個の原子列全体スケールでの構造」、「両方の配列構造が乱れた状態」の3つの状態が知られていたが、今回の破壊の直前に出現した構造は、今まで報告例がなかった「第4の状態」であり、「近接する原子間の構造は大きく乱れているのに、数100個の原子列全体では結晶の特定方位での配列が揃っている」という状態は、従来の考えからすると不思議な原子配列状態だという。
このような不思議な状態が現れたのは、金属ならではの理由があると推測されると研究チームでは説明する。金属は転位が移動することで変形するが、レーザー衝撃のように短時間に大きな変形が生じる場合には、限られた領域で一度に多くの転位が生成すると考えられ、それにより大きな歪みが生じるが、転位の発生する方向は結晶の特定方向に限られるという。この特定の方位のズレを抑えながら、近接する原子間に大きな歪みが発生するというメカニズムにより、不思議な状態が出現したものと考えられるとしている。
今回の研究から判明した銅金属の不思議な原子配列は、破壊に至る瞬間の構造に相当すると考えられると研究チームでは説明しており、こうした情報は、社会インフラ構造材料として信頼性が求められる金属系材料の破壊メカニズムに対する、理解と制御に重要な知見を与えるとしており、この知見を活かしていくことで、添加元素や熱処理でこうした構造を発生しにくくするなどの工夫をすることが可能になるとするほか、新たに開発された手法についても、破壊だけでなく、例えば相転移のような原子の拡散を伴うさまざまな現象の観察にも広く適用できるとしており、今後の新たな原子配列の発見につながるのみならず、それを利用した材料特性の高度化につながる可能性もあるとしている。