早稲田大学(早大)、理化学研究所(理研)、科学技術振興機構(JST)の3者は9月10日、ナノ注射器の改良技術として、針に当たる金属製ナノチューブを導電性高分子で被覆したシートを開発したこと、ならびに印可することで生じる「電気浸透流」が生じるポンプ機能を備えた「細胞用電動ナノ注射器(複合ナノチューブ電気浸透流ポンプ)」の開発に成功したことを発表した。
また、この2つの機能強化により細胞膜を通過する物質の輸送速度を促進させることに成功すると同時に、さらに30分間針を挿入し続けた場合の細胞生存率がこれまでは約1%だったところが、約95%にまで高めることに成功したことも併せて発表された。
同成果は、早大 理工学術院 大学院 情報生産システム研究科のBowen Zhang大学院生、理研 生命機能科学研究センター 細胞構造生物学研究チームの木川隆則チームリーダー、同・美川務専任研究員、早大 理工学術院 大学院 情報生産システム研究科の三宅丈雄教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、ナノテクノロジーとナノサイエンスを扱う学術誌「Small Science」に掲載された。
細胞治療は、細胞を体外で加工・培養・評価した後に、ヒトなどに機能性細胞を移植することで疾病を治療する新しい医療であり、近年、さまざまな新技術が生み出されてきている。
研究チームも、細胞加工・設計に関する技術開発を行ってきたという。細胞治療における細胞加工・設計の手法としては、化学/生物的手法(ウイルスベクター法)ならびに物理的手法(エレクトロポレーション法)が利用されてきたが、いずれの手法も何かしらの課題があるとされており、そうした課題を解決できる技術として現在、研究開発が活発化しているのが、中空管のマイクロ/ナノニードルを細胞に挿入することで、目的の物質を細胞内に導入する「ナノ注射器」だという。
しかし、ナノ注射器も課題は存在する。主に開発が進められているナノ注射器は単針タイプであり、かつマイクロサイズの細胞に単針を挿入するマニュピレータが必要であるため、細胞ごとに導入しなければならず、時間と手間を要してしまうという点である。
そこで研究チームが開発を始めたのが、薄膜(シート)に配列させたナノチューブを細胞に挿入することで、短時間かつ高効率に物質を細胞に届ける、要は多数の針を用いるナノ注射器で、これまでの研究により、このナノ注射器は、低分子から高分子までを細胞内に導入することに成功してきたというが、細胞生存率の課題があったという。
今回、新たな素材(導電性高分子)を金属製ナノチューブに被覆した「複合ナノチューブ」とすることで、細胞生存率を改善したほか、膜電位以下の微小電圧で物質を効率よく細胞内に届ける新原理(電気浸透流ポンプ)も見出したことで、これまでは細胞内に届けることが困難だったというタンパク質や抗体などの高分子を、効率よく届ける技術として期待できるようになったという。
今回の改良型ナノ注射器を研究チームでは、「細胞用電動ナノ注射器」または「複合ナノチューブ電気浸透流ポンプ」と呼んでいるという。
また、金属製ナノチューブに導電性高分子を被覆したことで、イオンの流れを電気で制御できるようになったほか、正の電圧を±100mVほど印加した時のみイオンが流れる整流特性が確認できたとしており、その理由として、複合ナノチューブの出入口上面と下面が非対称なナノ構造体でできていることと、その表面が帯電していることが理由であることが判明したともしている。
さらに、複合ナノチューブを細胞に挿入するためのスタンプシステムを構築、「HeLa細胞」(ヒト由来のがん細胞)を用いて細胞生存率の確認が行われたところ、従来の金属製ナノチューブを細胞に挿入すると、5分で約93%の生存率まで減少し、30分後には1%となってしまっていたところ、今回開発された複合ナノチューブを用いた場合は、30分間挿入し続けても、生存率約95%という高い値が維持されることが確認されたとしている。
実際に、開発された複合ナノチューブを用いて、カルセイン低分子とGFPタンパク質がHeLa細胞に、DNAプラスミドが「NIH3T3細胞」(マウス胎児由来の皮膚細胞)に導入したところ、±50mVの電気を印加すると、物質の導入効率が促進することが確認されたとしている。
今回の成果を受けて研究チームでは今後、再生医療や細胞治療の現場で利用してもらえるよう、細胞用電動ナノ注射器の技術を改良していくことを考えているとしていう。特に、医療現場で利用されている細胞に対して、新規物質を導入し、新しい製薬細胞注入液を開発することが期待できるとしている。