注射と聞くと何を思い出すだろうか。今のコロナ禍で進められているCOVID-19のワクチン接種だろうか。インフルエンザの予防接種だろうか、献血だろうか、それとも歯医者での抜歯などでの麻酔注射だろうか。みなさんが思い浮かべるシーンは異なるかもしれない。

上記に出した例は、注射針を体に刺し、薬液などを注入もしくは血液を採取する。注射というのは、“針が体に刺さる”のだがこれは一見した感じ、さまざまな技術開発・改良がなされてきただろうが、筆者が子供のころと大きく変わっていない、そんな印象を受けるのはわたしだけだろうか。

そして誰しもが、この針に関してなにかしらの苦痛が記憶にあるのではないだろうか。実は、この苦痛がなくなる、そんな針のない注射器が世の中には存在する。では、この針のない注射器とはどのようなものなのか、しかしながら今なぜあまり見かけないのか、そんな話題について紹介したいと思う。

針のない注射器とは

針のない注射器とは、その名のごとく“針”がないので、針を体に指すという患者に対しての心理的、肉体的な負担を減らすことができる大きなメリットがある。

ほかにも医療事故、感染症、そして医療廃棄物などを大幅に低減することもできる、そんなメリットもあるのだ。では、針のない注射器について紹介していこう。

まず、東北大学西澤松彦教授が開発した「マイクロニードルポンプ」。“貼る”タイプの注射器だ。下図の右に円状内に小さな突起上のものが確認できるだろうか。これが多孔性のポーラスマイクロニードル。そして、電気で電気浸透流を発生させることで、薬液などの注入量と注入速度を増加させることができ、また皮下組織液の高速採取も可能にしている。

  • 痛みを感じない短針が多数並んだマイクロニードル

    痛みを感じない短針が多数並んだマイクロニードル(出典:東北大学)

ほかにもアメリカのPortal Instruments※1は、下図の針のない注射器を販売している。Portal Instrumentsは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のスピンアウトで、針のない世界の実現を目指している。

  • 針のない注射器

    Portal Instrumentsの針のない注射器(出典:Portal Instruments)

彼らの開発した針のない注射器は、人の髪の毛くらいの細さのジェット噴射を形成することで、薬物を皮膚の下へと注入する。その注入もたった0.4秒で完了するという。この針のない注射器は、薬物が皮膚表面と筋肉の間の組織の皮下層に入るように、薬液の圧力、速度を制御するようプログラミングされているという。 実際にこの針のない注射器は、無感、圧迫感、くすぐったい感じなどの感覚があるようだ。

これと類似するものとしては、アイジェックス・ファーマインターナショナル※2の「Injex50」という針のない注射器がある。体に針を刺さずとも、微細なジェット流で薬液を皮下注射(皮下組織に薬物を注入する注射)でき、患者の針の痛みを和らげることができる。

また、九州大学の山西陽子教授※3は、高速で発射した気泡がはじける力で皮膚に微細な穴を空け、その穴から、試薬をまとった微細な気泡を注入することができる針のない注射器を開発している。

これは、「マイクロバブルインジェクションメス」という技術を改良したもので、以前の針なし注射器であれば神経を傷つける恐れや、多少の痛みを感じる可能性を排除したものだ。

他にも、この針のない注射器に関して様々な研究者や企業が世界には存在する。全てを紹介することができないので、この程度とさせていただきたいが、実は針のない注射器は以前から存在していたという。しかし、薬液の浸透や薬液注入の速度、圧力などの制御面の技術開発や製造コストの面であまり普及していない、それが実情のようだ。

針のない注射器は皮下注射みたいだけど、筋肉注射を代替できるの!?

読者のなかで、こんな疑問を持ったかたはいらっしゃらないだろうか。

上記の針のない注射器は、皮下注射に該当する。でも筋肉注射は、長い針を体の筋肉のある深部まで指す注射だが、この針のない注射器ではこの役割を果たせるのだろうか。

筆者は医療の専門家ではないので詳細は分かりかねるが、朝日新聞の記事で酒井健司医師が次のように述べている※4。日本では、歴史的な背景から皮下注射が主に実施され、現在もその暗黙的なルールが残っている。しかし、この皮下注射メインという日本独自のローカルルールは特に医学的な根拠というものもないらしい。

今回のCOVID-19のワクチン接種は、海外由来のため筋肉注射となっており、新型コロナワクチンを皮下注射したときの安全性や有効性のデータがないので、皮下注射という選択肢がないだけのようだ。

つまり、皮下注射も筋肉注射も有効性があればどちらでもよいという印象だ。先日、大阪大学と創薬ベンチャーのアンジェスが針なし注射器でCOVID-19のワクチン接種の治験を実施すると報じたのもこの例だろう。

いかがだっただろうか。今回は、針のない注射器について紹介した。それほど遠くない未来において、確実にこの針のない注射器が主流となるだろう、そんな未来を期待したい。

参考文献

※1https://www.portalinstruments.com/
※2https://aijexpharma.jp/
※3https://bmf.mech.kyushu-u.ac.jp/
※4https://www.asahi.com/articles/ASP1Q3514P1PUBQU005.html