金星の夜間の大気循環を解明

そこで、東京大学大学院理学系研究科の修士課程学生(当時)であった福谷貴一氏と、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授の今村剛氏らを中心とする、東京大学と立教大学、JAXAなどの研究グループは、日本の金星探査機「あかつき」の観測データから、この謎の解明に挑んだ。

「あかつき」は「金星気象衛星」の異名を取り、5台のさまざまなカメラと電波観測を駆使し、金星の大気を上から下まで3次元的に観測し、金星の大気や気候の仕組みに迫ることを目的としている。2010年5月に打ち上げられ、同年12月に金星周回軌道への投入に失敗するも、2015年12月に再挑戦して成功。以来、観測を続けている。

研究チームは今回、観測機器のひとつである「LIR」という赤外線カメラ(サーモグラフィ)を使って、2年間にわたって、約1時間ごとの金星の雲画像を取得した。

また、そのままでは温度のむらとノイズの区別がつきにくいため、大気のスーパーローテーションによる雲の移動を考慮して複数の画像を互いにずらしながら重ね合わせて平均するという手法を開発し、ノイズを低減。この工夫により、雲頂の0.3℃程度の細かな温度変動を浮かび上がらせ、大気の運動を可視化することに成功した。

そして分析の結果、夜間の雲頂には、昼間とは逆に両極から赤道に向かう、昼間と同程度の速さの流れが生じており、昼夜を通して平均すると南北の循環はほぼないこと、また夜間の赤道向きの流れは主に日没から真夜中にかけて生じていることがわかったという。

  • 金星

    今回明らかになった金星の雲層付近の循環のイメージ。惑星全体の超回転(赤)に重なるように、昼側では極向きの流れ(水色、右)、夜側では赤道向きの流れ(黄色、左)が卓越している。今回赤外線観測で発見された夜側の赤道向きの流れが、昼側の極向きの流れを相殺している。このような昼夜の流れの違いは熱潮汐波による。昼側の画像は金星探査機あかつきに搭載された紫外カメラUVI、夜側の画像は赤外カメラLIRが撮影したもの (C) 東京大学(金星画像はJAXA提供)

さらに、時刻による風速の違いから、熱潮汐波の速度構造が初めて判明。熱潮汐波は東西方向に一周する間に2波長を含むような周期成分(半日潮)を多く含み、それが高度方向に力を伝える(東西方向の運動量を高度方向に運ぶ)ことによって、スーパーローテーションの維持に働いていることが示唆されるという。

こうしたことから、雲頂の高度で平均南北循環がほぼゼロであることは、ハドレー循環の極向きの流れが雲頂より高いところにあり、赤道向きに戻ってくる流れが雲頂より低いところにあるために、その中間の高度にあたる雲頂では南北の流れが弱いと解釈できるという。

また、硫酸の雲はこれまで主に赤道域で作られて極向きに運ばれていると考えられてきたが、実際には、大部分は雲層内にある赤道向きに戻ってくる流れによって高緯度から運ばれていることを示唆しており、またこのような循環パターンは、大気全体のエネルギーの循環やスーパーローテーションを維持する流体力学にも大きく影響するとしている。

研究チームは、今回の研究でハドレー循環や熱潮汐波の構造がわかったことで、数値シミュレーションによる金星大気物理の研究は今後、これらの結果の再現を目指すことが目標となるとしている。

なお、2020年に北海道大学やJAXAなどの国際研究グループが、熱潮汐波とスーパーローテーションに関する米科学雑誌『Science』に発表しているが、この発表の趣旨は「熱潮汐波が南北方向に運動量を運んでスーパーローテーションを維持している」というものであり、今回の発表は「熱潮汐波が高度方向に運動量を運んでスーパーローテーションを維持している」というもので、違いがある。

研究チームの今村氏は、19日に行われた記者会見で、「今回報告したような、高度方向への運動量の輸送が起こっているのではということは、じつは古典的な考え方で、何十年も前から仮説としてありました。それを今回、観測データから確からしく強化することができました。それに対して、2020年に報告した南北方向への輸送メカニズムというのは、それまでスタンダードな考え方ではなく、『あかつき』の観測データから初めて起こりうることが示された、新しい考え方なのです」と語った。

「全体的に見て、どちらがスーパーローテーションの維持に重要なのかと考えてみると、だいたいどちらも同じ大きさなので、おそらく両方重要で、どちらもその維持に貢献しているのだと思います」(今村氏)。

また、「ただ、この2つだけで終わりというわけではないと思います。これまで明らかにすることができたのは、雲が存在する高度50~70kmあたりの流体力学だけです。地表に近いところで何が起こっているのかはまだわかっていません。そこではまた違ったスーパーローテーションのメカニズムが働いている可能性があります。今後、さらなる観測と理論的な研究で解き明かしていきたいと考えています」とも語った。

  • 金星

    (左)LIRによる金星の赤外線画像。(中央)赤外画像を金星の地理座標に展開して細かいパターンを強調したもの。(右)画像の平均化処理によりノイズを低減したもの (Fukuya et al., 2021を改変) (C) 東京大学

金星が系外惑星の研究の参照天体に

また、金星の風や雲頂温度の分布を昼夜関係なく観測できるようになったことは、さまざまな大気現象の時間変化を追跡することを可能にし、金星気象学に新たな手法をもたらしたとし、さらに多くの謎の解明も期待できるという。

くわえて、今回明らかになったような雲層の日射加熱への大気力学の応答は、太陽系の内外にある惑星や天体の大気においてもスーパーローテーションを引き起こすなど重要な役割を果たすと予想されており、太陽系の気象学と系外惑星の科学の連携による解明が望まれるとしている。

スーパーローテーションは、程度や形は金星とは異なるものの、木星や土星といった惑星や、土星の衛星「タイタン」でも起こっており、そのメカニズムは金星同様にわかっていない。さらに近年では、太陽系の外にも高高度が雲に覆われた惑星や大気がスーパーローテーションしていると考えられる惑星がいくつも発見されていることからも、金星がそのような天体の研究の参照天体として、今後より注目されていくことになるかもしれない。

なお、「あかつき」の現状と今後について、JAXA宇宙科学研究所の中村正人氏は「探査機の寿命を決めるのは燃料であることが多いのですが、すでに『あかつき』の燃料計はエンプティの警告ランプが点いています。ここから先、どれくらいもつかはわかりませんが、短くて3年、長くて9年と見積もっています」と語った。

ただ、「あかつき」はすでに打ち上げられてから10年以上経っていることから、「搭載機器の冗長系などが壊れる可能性があり、そうなると、運用をどうするかは難しい状況になるでしょう」とも語った。

また「今回の研究は、2年間にわたる長く連続的なデータが取得できたからこそ実現できました。宇宙科学の他の分野では観測データからすぐに論文が書けるものもありますが、『あかつき』のような気象観測は、しばらくしてから成果が出てくるものなのです。これからもいろいろな成果が出てくると思いますので、楽しみにしていてください」と結んだ。

  • 金星

    「あかつき」と金星の想像図 (C) JAXA

参考文献

The nightside cloud-top circulation of the atmosphere of Venus | Nature
JAXA | 金星探査機「あかつき」の観測成果論文のNature誌掲載について
金星探査機「あかつき」
探査機を知る | ミッション | 金星探査機「あかつき」