金星探査機「あかつき」がスーパーローテーションの謎を解明

北海道大学や宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの国際研究グループは、2020年4月24日、金星探査機「あかつき」の観測データから、長年謎だった金星大気の高速回転「スーパーローテーション」がどのように維持されているのかを明らかにしたと発表した。

論文は、米国の科学雑誌『Science』電子版に同日付けで掲載された

これにより、「あかつき」計画の当初からの大きな目標が実現した。

  • あかつき

    金星を探査する「あかつき」の想像図 (C) JAXA

金星大気の「スーパーローテーション」とは?

太陽系の第2惑星である金星は、大きさや質量は地球とほぼ同じだが、公転周期が225日で自転周期が243日という、1日が1年より長い不思議な惑星である。

さらに、その大気は自転と同じ向きに、そして自転速度よりも速く回転している。この現象は「スーパーローテーション(Super-rotation)」と呼ばれ、その速さは高度とともに増大し、高度約50~70kmに存在する雲層の上端付近で最大化。そこでは大気が風速は100m/sほど、自転の60倍ほどの速さに達し、金星をわずか4日程度で1周している。

この現象自体は1960年代に発見されたが、この現象がどのようにして生じているのか、そしてそれがいかにして維持されているのかはわからず、長らく地球・惑星科学者の興味を集めてきた。

1970年代にはいくつかの説が提案され、また1978年から92年にかけては、米国の金星探査機「パイオニア・ヴィーナス・オービター」が金星大気の探査を実施。さらに2006年から2014年には欧州の「ヴィーナス・エクスプレス」も探査に挑んだが、スーパーローテーションに関する仮説を確かめることはできず、そのメカニズムは、今日まで未解決の問題として残されていた。

そんな最中の2000年、宇宙科学研究所(ISAS)は、この謎の多い「金星の気象」を幅広く解明することを目指した「PLANET-C」計画を立ち上げた。PLANET-Cはそのなかでも、スーパーローテーションがいかにして維持されるかを解明することを最大の目標としていた。

PLANET-Cは2010年5月に打ち上げられ、「あかつき」と命名。しかし、同年12月に金星を回る軌道に入る計画だったものの失敗。その後、再挑戦に向けた努力が続けられ、2015年に軌道投入に成功。以来観測を続けている。

  • あかつき

    スーパーローテーションの概念図。欧州宇宙機関(ESA)の探査機「ヴィーナス・エクスプレス」が撮影した画像をもとに作成されたもの (C) ESA, JAXA, J. Peralta and R. Hueso

スーパーローテーションの謎の解明

そして今回、北海道大学の堀之内武 准教授が率いる国際研究グループは、「あかつき」の観測で得られた画像と温度データの詳細な分析を行った結果、スーパーローテーションの謎の解明に成功した。

金星のスーパーローテーションの西向き風は、高さとともに強くなり、雲層の上端付近で最も強くなっている。それを水平に見ると全球に広がっているが、角運動量の観点から考えると赤道付近で最も風が強いとみなすことができる。金星は自転軸がほぼ正立しているため季節はない。そのため、太陽光による加熱は赤道付近で最大になり、極で最も小さくなる。しかし、金星では極域はさほど冷たくなっていない。

そのことは、鉛直・南北のゆっくりとした大気の循環「子午面循環」が存在することで説明できる。子午面循環は1970年代から、スーパーローテーションを引き起こす候補のひとつとして考えられていた。

ところが、「あかつき」のデータから、この子午面循環の構造を分析すると、低緯度の角運動量を運び去り、スーパーローテーションの強度を弱めるように働いていることが判明。つまり、それとは別の角運動量を「戻す」メカニズムがないと、観測されているような流れが維持できないことになる。

そして研究グループは、さらなる研究により、戻すメカニズムとして働き、そしてスーパーローテーションの加速機構を担っているのが、「熱潮汐波」であることを突き止めた。

熱潮汐波とは、太陽光による加熱が引き起こす「大気の潮汐」のことで、気圧・温度場・風速場に影響を与える気象現象である。この熱潮汐波が、低緯度にむけて角運動量を運び、スーパーローテーション強度を強めるように働いているという。これにより、高速なスーパーローテーションが維持可能になり、また長期間太陽に照らされる昼面から、太陽があたらず冷え続ける夜面に熱が運ばれていることがわかったとしている。

なお、熱潮汐波以外の波や乱流は、低緯度の雲頂付近では弱いながら潮汐とは逆に働き、中高緯度では角運動量の流れを子午面循環をバイパスするように運ぶ、別の重要な役割を果たしていることが判明。また、熱潮汐波は、鉛直の伝搬によっても、スーパーローテーション強度を強めるように働くことも明らかになったという。

研究グループは「熱潮汐波を媒介として、ゆっくりとした鉛直・南北の循環と高速な東西の循環を両立させることで、太陽からうけた熱を効率的に広く行きわたらせる精妙なシステムと言える」としている。

そして「スーパーローテーションがどのように維持されているか、その全体像を提示できた」とし、「『あかつき』計画の当初からの大きな目標が実現した」と結んでいる。

  • あかつき

    今回明らかになったスーパーローテーションの維持機構の模式図。太陽光をより多く吸収する低緯度から、より少なく吸収する高緯度にかけて、鉛直-南北のゆっくりとした循環「子午面循環」が存在する(白い矢印)。これは、低緯度の「角運動量」を運び去り、スーパーローテーション強度を弱めるように働く。それに対し、熱潮汐波が低緯度にむけて角運動量を運び(赤い矢印のうち南北に伸びるもの)、スーパーローテーション強度を強めるように働く。これによって、高速なスーパーローテーションが維持可能になり、長期間太陽に照らされる昼面から、太陽があたらず冷え続ける夜面に熱が運ばれる。なお、熱潮汐波以外の波や乱流は、低緯度の雲頂付近では弱いながら潮汐とは逆に働き(青い矢印)、中高緯度では別の重要な役割を果たす(水色の矢印。角運動量の流れを、子午面循環をバイパスするように運びます)。また、熱潮汐波は、鉛直の伝搬によっても、スーパーローテーション強度を強めるように働いている(赤い矢印のうち上下に伸びるもの) (C) Planet-C project team

研究の今後

「あかつき」は2020年4月24日時点で、継続して観測を続けており、またこれまでに得られたデータの分析も続いており、今後も金星大気に関する様々な発見がもたらされ、理解も進むと期待されている。

また、地球においても、かつての極端な温暖期にはある程度のスーパーローテーションがあったのではないかという仮説があり、地球とは大きく異なる金星大気の研究から、地球型惑星における大気の循環に関する、より広い理解が得られることが期待できるとしている。

さらに、今回の研究成果は太陽系外の惑星(系外惑星)の研究にも応用できる可能性があるという。系外惑星はこれまでに3000個以上が発見されているが、そのなかでも恒星の近くを回っている系外惑星の多くは、ある半面を恒星に向け続けている(潮汐ロック)と考えられており、この状態は、非常にゆっくりと自転している金星の状態と似ている。

そのため、今回明らかになった「ゆっくりとした鉛直・南北の循環と高速な東西の循環の両立により効率的に熱を行きわたらせるシステム」は、系外惑星においても成り立っている可能性があり、今回の研究成果が、系外惑星の大気循環やそれが表層環境に与える影響を探求することにも応用が期待できるとしている。

参考文献

JAXA | 金星探査機「あかつき」観測成果論文のScience誌掲載について
How waves and turbulence maintain the super-rotation of Venus’ atmosphere | Science
LIRによって初めて決定された、 金星における熱潮汐波の全球構造
惑星大気のスーパーローテーション
ミッション | 金星探査機「あかつき」