東京大学、金沢大学、理化学研究所(理研)、東北大学、科学技術振興機構(JST)の5者は1月25日、マンガン化合物「Mn3Ge」の反強磁性体において、これまでにないゼロ磁場での巨大な「異常ホール効果」を見出し、同時に磁気熱量効果「ネルンスト効果」が最大値を示すことを発見したと共同で発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科の中辻知教授、同・見波将特任研究員、東大物性研究所の冨田崇弘特任助教、同・Taishi Chen特任研究員、同・Mingxuan Fu特任研究員、東北大大学院 理学研究科の是常隆准教授、理研の北谷基治特別研究員、金沢大 ナノマテリアル研究所の石井史之准教授、東大大学院 工学系研究科の有田亮太郎教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

スマートフォンやタブレットなどのモバイル端末のメインメモリとして主に利用されている揮発性メモリは、記憶保持に大きな電力を消費するのが課題だ。そこで、近年は次世代メモリとして、より高速で記憶保持に電力を消耗しない不揮発性メモリの開発が活発化している。

そうした中で実用化しつつあるのが、HDDなどでの記録実績のある、強磁性体を用いて磁気の方向を記録する「磁気メモリ」タイプの不揮発性メモリだ。ただし、強磁性体不揮発性メモリには大きな課題もある。強磁性体とは電子のスピンの向きがそろった物質であり、強磁性体を用いた記憶素子を高密度化しようとすると、磁気的な干渉などが発生し、限界が存在しているのだ。

そして現在の強磁性体不揮発性メモリでは、CPUとの動作速度に比べると遅いため、システム全体の高速化が進まないという課題も抱えている。デバイスの高性能化を実現しようとしたとき、単純にCPUの性能を上げただけではシステム全体の高速化は不可能だ。CPUの高速性に見合ったプログラムやデータ転送の高速性も実現する必要があり、強磁性体不揮発性メモリはその点も改善点となっている。強磁性体不揮発性メモリはポテンシャルもあるが、このように集積化と高速化の両立が求められているのだ。

そうした背景を受け、共同研究チームがこれまで着目して進めてきた研究が、反強磁性体という磁気構造で、そのホール効果をメモリ材料に利用できないかというものだ。反強磁性体とは、隣り合うスピンの向きが反平行もしくは互いに打ち消し合うように配列している物質で、磁化がゼロまたは非常に小さくなっていることが特徴だ。つまり強磁性体とは異なり磁気的な干渉が発生しにくく、より高密度化しやすいということである。

反強磁性体では、スピンが反平行や互いに打ち消し合うように配列しているため、異常ホール電圧は無視できるほど小さいため、これまでは注目されてこなかった。特に、反強磁性体では理論的に強磁性体を凌ぐ高速動作が可能で、異常ホール効果を用いた不揮発性メモリ材料の構想はあったものの、従来のゼロ磁場で異常ホール効果を示す材料ではシグナルが小さく実現不可能とされてきた。

そうした中で共同研究チームは2015年に反強磁性体物質「Mn3Sn」にてゼロ磁場の巨大な異常ホール効果を発見。翌2016年には、「Mn3Ge」においても同現象を発見していた。

そして今回、磁化が小さい反強磁性材料にも関わらず、反強磁性体として過去最大の異常ホール効果とネルンスト効果をゼロ磁場のMn3Geで発見。ワイル粒子に起因する物質のトポロジカル効果であることを究明したとする。

従来は強磁性体のように内部に大きな磁場が発生するものでしか巨大な横磁気効果、すなわちホール効果やネルンスト熱起電力が発生しなかった。反強磁性体で異常ホール効果と同様に異常ネルンスト効果でも大きな起電力が発生するということは、あたかも内部に巨大な仮想磁場があるかのように見えるという。

反強磁性体で見られた巨大な仮想磁場の起源は、Mn3Geの「カゴメ格子」と呼ばれる磁気構造に起因するトポロジカルな効果であると考えられている。

  • 反強磁性体

    反強磁性体Mn3Geの仮想粒子ワイル粒子の生成に関する概念図。(a)反強磁性体Mn3Geの実空間での結晶構造と磁場中での磁気構造。z=0面とz=1/2面の2層を持つカゴメ格子構造と呼ばれる三角形ベースの結晶構造。磁場Bにかけた場合の逆スピン三角構造と呼ばれるマンガンスピンの磁気構造の様子。反強磁性体における反強磁性磁気共鳴周波数は交換結合に起因する交換磁場に比例するため、強磁性体に比べて圧倒的に高くなり、テラヘルツ帯の高速動作が可能となる。(b)運動量空間での「ディラックコーン」が対称点にあった際、(d)磁性体の時間反転の破れにより「ノーダルライン」が現れる。さらに強いスピン軌道相互作用が現れることで、(c)2点を残したギャップが開くことで、運動量空間内に正負のワイル点を持つワイル金属状態が生成されるという (出所:東大Webサイト)

磁化測定の結果では、数百ガウスという比較的小さい磁場によって磁化の反転が見られ、ホール効果と同様にネルンスト効果の電圧の符号が磁場の符号で反転することも観測されたという。

  • 反強磁性体

    (a)Mn3Geにおけるネルンスト係数と磁化の温度依存性。ゼロ磁場でもネルンスト効果が残るため異常ネルンスト効果を示すという。(b)ゼロ磁場での異常ネルンスト効果の温度依存性。温度100Kにてネルンスト係数が最大値を示す (出所:東大Webサイト)

また第一原理計算を用いた物質のバンド計算から、外から磁場や内部の磁化により生じる磁場ではない仮想磁場が電子を曲げると考えられる結果も得たという。仮想磁場の起源として、正負の「ワイル粒子」と呼ばれるモノポール(磁気単極子)が作る運動量空間の磁場が、実空間での仮想磁場として存在することが予言されていた。これは固体のトポロジカル効果と呼ばれている。

そして、今回の研究で行われたワイル粒子を考慮した第一原理計算と動的平均場近似を併用した計算から、得られた異常ホール効果と異常ネルンスト効果は実験結果と一致することが判明したという。ワイル粒子で生じる際の重要なふたつの現象である、「カイラル異常と呼ばれる電流と磁場を平行にかけた際に現れる負の磁気抵抗効果」と「大きなプラナーホール効果」も同時に観測することに成功したという。

  • 反強磁性体

    (a)反強磁性体Mn3Geの電気伝導率の磁場変化。磁場Bが電流Iと垂直の場合には、正の磁気抵抗(負の電気伝導率)を示すのに対し、磁場と電流が平行の際に負の磁気抵抗(正の電気伝導率)が現れる。これは磁場と電流が平行の際に、磁場の増加にともなう正負のワイル点間のチャージポンピングにより、電気抵抗の減少が見られるカイラル異常と呼ばれる現象だ。ワイル粒子が生成された際に現れる特異な効果と考えられている。(b)電気伝導度とプラナーホール効果の角度依存性がともに余弦曲線と正弦曲線となることは、カイラル異常の効果を裏付けているという (出所:東大Webサイト)

共同研究チームはこうした一連の結果は、ワイル粒子により引き起こされたことを示しているとし、理論から提案された新しいトポロジカル現象を実験的に検証した重要な結果としている。

共同研究チームによれば、Mn3Snだけでなく、同一磁気構造のMn3Geにおいても同様に見られたトポロジカル効果は、スピン構造に依存したゼロ磁場での類似物質探索、すなわちMn3ZのZサイトの置換による最適化により、ゼロ磁場の巨大な異常ホール効果を示す物質が見つかる可能性を示唆しているという。

二元化合物Mn3Geは非常に安定な物質で、比較的簡便な方法で物質合成が可能であり、さらに地球での量も多く採取しやすいため安価で、しかも毒性のない元素で構成されているため、工業用用途での使用が可能だ。金属ならではの耐久性もあるため、実用材料としても優れた特性を兼ね備えているという。

反強磁性体は、強磁性体で問題となる漏れ磁場による素子間の干渉効果も問題とならず、また一般に強磁性体よりも3桁以上の速い動作性能を示すため高速化にも繋がるとしており、トポロジカル反強磁性を用いた高速動作・高密度メモリの実用化を目指した研究開発が急速に進んでいくことが期待されるという。

またゼロ磁場の巨大な異常ホール効果が現れる機構については、学術的にも大変興味が持たれているテーマとなっているとする。今後、学術的には反強磁性体で巨大な異常ネルンスト効果を解明するため、共同研究チームではトポロジカル効果がさらに顕在になる低い温度での研究を行っていく予定としているほか、ネルンスト効果については、材料選択の自由度が生まれ高効率的な熱電素子開発、環境発電技術への幅広い応用が想定されるとしており、かつ反強磁性体のため、磁場に影響があるような電気機器の局所冷却などでも利用が期待されるとしている。