京都大学(京大)は1月6日、1572年に起こったIa型超新星の残骸である「ティコの超新星残骸」の衝撃波の膨張が、予想を遥かに上回るペースで減速していることを発見したと発表した。また、Ia型超新星が爆発するメカニズムについて、これまで白色矮星と恒星の連星系が引き起こす説と、白色矮星同士の連星系が引き起こす説があって長らく論争が続いている状態だったが、今回の観測結果は前者を支持するものであることも発表された。

同成果は、京大大学院 理学研究科 物理学第二教室の田中孝明助教、同・奥野智行大学院生(研究当時)、同・内田裕之助教、JAXA 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系の山口弘悦准教授、京大大学院 理学研究科 宇宙物理学教室の李兆衡講師、同・前田啓一准教授、NASAゴダード宇宙飛行センターのBrian J. Williams リサーチ・アストロフィジシストらの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国の天体物理学術誌「The Astrophysical Journal Letters」にオンライン掲載された。

一般的に超新星というと、大質量星が生涯の最期に華々しく散る大爆発というイメージが強い。実際には超新星爆発にも複数の種類があり、Ia型(いちエーがた)と呼ばれる超新星は、大質量星の最期の大爆発ではない。太陽程度から太陽質量の8倍以下の比較的小型の恒星が、生涯を終えたあとに残る白色矮星が起こす爆発だ。

Ia型超新星は白色矮星が爆発を起こすことは間違いないが、その詳細なメカニズムはまだわかっておらず、現在は大きくふたつの説が議論を展開している。ひとつは、白色矮星同士の連星系が起こすという説だ。白色矮星同士が合体した結果の大爆発だと考えられている。

そしてもうひとつが、白色矮星と通常の恒星の連星系が起こすという説だ。白色矮星の強い重力が相方の恒星のガスを剥ぎ取って自分自身に降り積もらせ、その質量が「チャンドラセカール限界」と呼ばれる一定量を超えると、暴走的な核融合反応が起きて大爆発に至るというものである。

ちなみにこのメカニズムはどのIa型超新星でも同じであるため、同じ明るさで輝く。絶対等級がわかっていることから、見かけの明るさを調べることでどれだけ遠方にあるかがわかり、Ia型超新星は宇宙の距離を測定するための標準光源として用いられている(ただし、近年になって例外的なIa型超新星が発見されたため、すべてのIa型超新星は同じ明るさとは限らない可能性が出てきている)。

国際共同研究チームは今回、このIa型超新星の爆発メカニズムをより詳細に調査すべく、西暦1572年にカシオペヤ座の方向で起きたIa型超新星の残骸である「ティコの超新星残骸」をターゲットとして観測を行った。この超新星残骸は、当時のデンマークの天文学者ティコ・ブラーエが観測したことにちなんでその名がつけられた。

  • ティコの超新星残骸

    チャンドラ衛星によって得られたティコの超新星残骸のX線画像。青色に見える外縁部の細い筋が衝撃波に対応している。今回、その膨張が急激に減速していることが発見された (出所:京都大学プレスリリースPDF)

国際共同研究チームは、NASAが打ち上げたX線天文衛星「チャンドラ」によって、2003年、2007年、2009年、2015年に取得された「ティコの超新星残骸」の観測データを用いた解析を実施した(チャンドラセカール限界とチャンドラ衛星は、どちらもインド出身の天体物理学者スブラマニアン・チャンドラセカールにちなんだ名称)。

超新星爆発によって音速を超えた速度で噴出物が飛び出したことにより生成された衝撃波は、爆発から約450年が経った現在でも膨張を続けているという。その衝撃波の膨張速度について精密な測定が行われたところ、最近になって急激に減速していることが判明した。

  • ティコの超新星残骸

    ティコの超新星残骸の各領域で測定された膨張速度。黒色、赤色、青色のデータ点は、それぞれ、2003年と2007年の間、2003年と2009年の間、2009年と2015年の間の平均速度となっている (出所:京都大学プレスリリースPDF)

そこで数値計算が実施され、観測データとの比較が行われた。すると観測されたような減速は、これまで密度の低い空間を進んでいた衝撃波が、密度の高いガスの壁のような構造に衝突したと考えるとうまく説明できるとした。この数値計算の結果から、ティコ・ブラーエが観測した超新星は、濃いガスに囲まれた空洞の中で起こったことが考えられるという。

そしてその空洞は、恒星が超新星となる前の活動によって作ったと推測された。空洞を作ったとされるのは宇宙に吹く“風”だ。白色矮星と恒星の連星系がIa型超新星を引き起こすという説において、かつて東京大学の蜂巣泉博士が提唱したのが、ガスが降り積もる白色矮星の表面からは高速の風が吹くと提唱されている。この風によって空洞が作られたと考えると、今回の観測結果と合致することが確認されたとした。つまり今回の結果は、ティコの超新星は白色矮星と恒星の連星系が引き起こしたという説を強く支持するものだという。

これまでのさまざまな観測から、ティコの超新星は標準的なIa型超新星爆発だったことが判明している。それ故、今回の成果はティコの超新星だけでなく、Ia型超新星全般について、超新星そのものや爆発メカニズムを解明するのに重要な役割を果たすものだと国際共同研究チームは述べる。

ティコの超新星残骸については、国際共同研究チームによるチャンドラ衛星を用いた追加観測が認められており、2021年中に実施される予定だ。この追加観測により、今回発見されたガス構造に関して、さらなる情報が得られるはずと期待されている。

またティコの超新星残骸だけでなく、ほかの天体についても、チャンドラ衛星や今後打ち上げが計画されているX線天文衛星を用いて長期間モニタリングを続けることで、同様の現象を捉え、超新星の爆発メカニズムに迫っていく考えであるとした。

また国際共同研究チーム煮属するメンバーのうちの数名は、日本主導でNASAと欧州宇宙機関も参加して開発が進められている次期X線天文衛星「XRISM(クリズム)」プロジェクトにも参加している(同衛星の打ち上げ目標時期は2022年度)。

XRISMはチャンドラ衛星を凌駕する高いX線分光性能を有しており、ティコの超新星残骸などの天体において、爆発で生成された重元素の組成比や、その速度分布を高精度で測定することが可能だという。国際共同研究チームは、XRISMを用いて、画像を用いた今回の研究とは相補的なアプローチでIa型超新星の物理に迫るとしている。同時に、それらの新たな観測データを説明するための理論モデルの構築にも取り組んでいく予定としている。