東北大学は10月30日、見た目の色の鮮やかさと関連した脳活動を、脳波計測によって記録することに成功し、従来説から予測されていた脳活動からズレがあることが確認されたと発表した。

同成果は、東北大学際科学フロンティア研究所兼東北大学電気通信研究所の金子沙永助教と、同電気通信研究所の栗木一郎准教授、アバディーン大学のSoren K Andersen氏らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、神経科学分野の国際オンライン学術誌「Cerebral Cortex Communications」に掲載された。

ヒトは情報収集手段として、主に視覚を利用しており、その割合は7割にも達するともいわれる。中でも、色は視覚情報の中で最も重要なもののひとつだ。視覚情報の脳内での処理については、研究が進んではいるが、こと色に関する情報処理についてはまだわからないことが多いという。

そもそもヒトがカラフルに外界を認識できるのは、網膜に色を感じるセンサーとして、青(S)、緑(M)、赤(L)の3種類の「錐体細胞」があるからだ。錐体細胞に届いた光子はそこで電気信号に変換されて脳の視覚野に送り届けられる。

これまで、色に関する情報が目から脳へ伝達されるまでの経路では、赤-緑と青-黄という、2組の「反対色」の組み合わせで表現されていると考えられている。この4色は、3種類の錐体細胞の信号間に差分を引き起こすのが特徴だ。緑と赤の錐体細胞において信号の差分が生じる色は、赤みまたは緑みを帯びた色。青の錐体細胞と緑+赤の錐体細胞の信号において差分を生じる色は、青みまたは黄色みを帯びた色となる。色の情報はすべて、このような錐体細胞における信号の差分を計算する細胞(反対色細胞)を経て、網膜から脳へと伝えられている。

しかし、その脳に入ってから色情報がどのような形で表現・処理されているのかについては、明らかになっていない。これまで、網膜から脳までの情報がそのまま引き継がれる形で反対色モデルが考えられてきたが、未解明のままである。そこで国際共同研究チームは今回、被験者に対して点滅させた図形に色をつけて呈示するという実験を実施。この図形を観察している被験者の脳波のうち、定常視覚誘発電位(SSVEP)という成分の計測が行われた。

  • SSVEP

    実験の模式図。点滅しながら色が変化する図形を観察中の被験者の脳波を計測し、その中の定常視覚誘発電位(SSVEP)が図形の色と共にどのように変化するかが調べられた (出所:東北大プレスリリースPDF)

SSVEPは、脳波のうちで周期的に点滅する視覚刺激によって誘発される成分だ。視覚刺激の点滅周波数と同じ時間周波数で現れるようになる。そのため、SSVEPは点滅図形に対する脳活動だけをピンポイントで取り出すことが可能だ。そして今回は、点滅図形の色が変化することが特徴である。被験者が観察している間に赤→オレンジ→黄……と連続的に変化する仕組みで、この色の変化に伴ってSSVEPの強さがどのように変化するのかが注目された。

脳における色情報が、従来説の反対色の組み合わせだけ表現されているのだとすれば、SSVEPの強さは赤−緑および青−黄の2組の反対色を基軸とする「色平面」内で、基軸に対して線対称な軌跡になると予測された(サインカーブのようなきれいな波形)。しかし実際に計測された軌跡は、基軸から大きくずれた方向(ピンク−黄緑)にピークを示し、予測とは一致しなかったという。

  • SSVEP

    図形の色に対する脳活動(SSVEP)の強さ。これまでの説では、反対色の組み合わせから予測される脳活動(黒の点線)と、実際に計測された脳活動(赤の太線)には大きなズレがあった。ピンクや黄緑と行った鮮やかに見える中間色に対して、最も大きな応答が記録された (出所:東北大プレスリリースPDF)

ちなみに色平面とは、赤−緑と青−黄のふたつの軸により座標が定義される2次元平面のこと。色平面上の色はすべて輝度が等しく、知覚できるすべての彩度・色相が平面上に表現される仕組みだ。

脳波の計測で最も強いSSVEPが見られた時の図形の色(ピンクまたは黄緑)は、点滅図形で示した色の中で、見た目の鮮やかさが最も高い色と対応していることも確認された。なお、ここでいう「見た目の色」とは、測色計や分光計など、光の物理的特性を計測する機器で表される特性としての色のことではない。鮮やかさ、明るさ、色名などの色に関する主観的な情報のことである。また中でも「色の鮮やかさ」とは、色について、どれだけはっきりと目立って見えるかという、見た目に関する主観的な評価のことだ。

そこで、反対色応答の信号のみの計算モデルに見た目の色の鮮やかさをシミュレートした信号を加え、それらの混合比を操作して計算モデルと実験結果との一致度の検証が行われた。

その結果、得られたデータと最も高い一致度を示した計算モデルでは、見た目の色の鮮やかさの信号の割合が50%を上回ったとした。このことは、主観である見た目の色と深く関連する脳活動が多く含まれていたことを意味するという。従来考えられていた反対色による色表現よりも進んだ、ピンクや黄緑などの中間色の情報が脳内の比較的初期の段階(第一次視覚野)に存在することを直接的に示す結果とした。

また、今回の研究に用いられた脳波測定は、被験者の負担が比較的少ない簡便な脳活動測定方法だという。このような色情報処理の脳活動を記録する方法の確立により、ほかの手法での測定が困難な赤ちゃんや高齢者、患者、言葉の話せない人などの色の見え方を他覚的に可視化できるようになることが期待できるとしている。