千葉県立中央博物館、東邦大学、京都大学の3者は10月27日、インドから東アジアにかけて生息するトカゲの仲間の生息環境、行動、繁殖様式の進化に関する研究を行い、「繁殖様式の進化が特定の生息環境と行動を基盤に生じている」という仮説を発表した。
同成果は、千葉県立中央博物館生態学・環境研究科の栗田隆気研究員、東邦大理学部の児島庸介研究員(日本学術振興会特別研究員)、京大地球環境学堂の西川完途准教授、マレーシア・サラワク州森林局のMohamad Yazid Hossman研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英国自然史博物館が発行する学術誌「Systematics and Biodiversity」に掲載された。
一般的にはトカゲ・ヘビなどの爬虫類は卵を産む「卵生」であると認識されている。トカゲ・ヘビの仲間は現生種が1万種以上いるが、実はそのうちの20%にも及ぶ種が哺乳類と同じ「胎生」だ。そのため、このグループは繁殖様式の進化やその要因を研究する上で古くから注目されてきた。
これまでの研究では、胎生の種は冬の長い高緯度地域や高標高地で多く見られることから、卵や仔が低温にさらされて凍死してしまったり、発育不全に陥ってしまったりするのを防ぐために胎生が獲得されたとする説が主に唱えられてきた。
しかし、胎生種は年間通じて気候が安定している熱帯地域にも生息しており、寒さだけでは説明がつかない。低温への適応だけでなく、未知の要素がトカゲ・ヘビ類の胎生の進化に関わっていることを示唆していると考えられるようになってきたのである。
しかしこのような特徴(形質)が、過去どのように進化してきたかを直接観察することはとても難しい。卵や胎内の仔の化石を見つけ、それを手がかりにするしかないからだ。そこで現在の進化学的研究においては、現生種や遺伝情報が残っている近年の絶滅種について、種間のDNA塩基配列の類似性に基づいて系統関係を推定。そして、それらの種の形態・生理・行動などに関する形質を照らし合わせることで、分析した種の祖先が有していた形質の状態を推定する「祖先形質復元」という方法がしばしば用いられている。
この祖先形質復元によって、注目した形質状態(たとえば繁殖様式のひとつである胎生)がいつ頃進化したか、何回進化したか、ある形質と別の形質(たとえば生息環境と繁殖様式)の進化に関連性があるかなどを推定することが可能だという。ただし、これらの方法で生物やそれらの持つ形質の進化史を復元するには、DNAの保存に適した条件で保管された試料があることと、対象とするグループの多くの種で復元したい形質について十分な情報があることが必要だ。
赤道のほぼ直下にあたるマレーシア・サラワク州(ボルネオ島)において、国際共同研究チームが今回実施した野外調査で採取したのが、「トビトカゲ亜科」と呼ばれるトカゲの仲間で、これまでほとんど発見例がない「Harpesaurus borneensis」だ。この学名は、「ボルネオ島に生息する、剣のあるトカゲ」の意味である。
Harpesaurusは、ほぼ完全に樹上で生活し、捕食者などの脅威にさらされてもゆっくりとしたスピードでしか逃げることができない、直接仔を産む胎生であるなど、トビトカゲ亜科の中では特殊な生態・行動を示すことが知られていた。トビトカゲ亜科では、このような特徴を持つ種は、Harpesaurusのほかにはスリランカに生息する2種のみだ。
しかし、Harpesaurusはその希少性から研究用の試料すら世界的にほとんどなかったため、同種の奇妙な特徴とトビトカゲ亜科の進化を関連付けて研究されたことはなかったという。今回の研究ではこの奇妙なトカゲの採集を機に、Harpesaurusを含むトビトカゲ亜科の代表的な45種とほかのトカゲ類51種についてDNA塩基配列データベースと文献の調査が行われ、DNA塩基配列と生態・行動などの情報が整備され、生息環境、動きの速さ、繁殖様式の進化の復元が実現した。
これまで、Harpesaurusとほかのトビトカゲ亜科の類縁関係は不明だったが、今回の研究により同種は東南アジアに生息する樹上性または半樹上性(木の上を主な生活場所としつつ、頻繁に地表も利用する性質)で動きの速い卵生のグループと近縁であることが判明した。
さらに祖先形質復元によって、Harpesaurusとその近縁群の祖先は樹上性で、動きが速く、卵生であった可能性が高いことがわかったという。また、トビトカゲ亜科全体の進化が復元されたことで、Harpesaurusとスリランカに生息する樹上性で動きの遅い胎生の2種の類縁関係も明らかになり、胎生の進化はHarpesaurusとスリランカの2種で別々に生じたことが確認された。さらに、異なる形質が関連して進化したかどうかを推定する分析では、生息環境、動き、繁殖様式の3形質に進化的な関連があることが示されたとしている。
卵生から胎生への進化は漸進的で、その間には卵を体内で保持する期間が次第に長くなる中間段階があると考えられている。妊娠中は妊娠していないときより動くスピードが低下し、卵が成長して重くなるにつれメスにかかる負荷も大きくなる。従って、卵を産む種にとっては、長い妊娠期間を持つ胎生に近い段階の卵生ほどメスが捕食されるリスクが高まり、生存に不利になると考えられるという。
また、多くのトカゲの仲間は乾燥に弱い卵を産むため、湿度が安定した地中に産卵する必要がある。そのため、樹上性の種でも、適切な産卵場所を探しに地表へ降りないとならない。それにより、胎生化過程の後期になるほど大きく負荷がかかったメスが動き回る必要があるため、このようなリスクは樹上性の種でさらに高いと考えられるとした。
このような理由から繁殖様式の進化に関する先行研究では、樹上性であることは胎生への進化を抑制する要因になるといわれてきた。しかし、今回の研究ではこのような予想に反し、トビトカゲ亜科では樹上性の種で胎生化が生じていることが示されたのである。
これに現象に対し、国際共同研究チームが提唱したのが次のような仮説だ。樹上を主な活動場所とするトカゲ類には、多くのトビトカゲ亜科トカゲ類のように脅威が迫ったときに素早く逃げることができる種と、Harpesaurusのようにゆっくりとしか動くことのできない種がいる。素早く動くことで捕食者を回避する戦略を採る種では、従来の予想通り妊娠中の運動能力の低下は重大なリスクであり、それが強く胎生化を制限している可能性があるという。
一方、逃げるスピードがそれほど生存に重要でない種、たとえば敵に見つかりにくい形態や行動で発見されるのを防ぐような種では、妊娠中の運動能力の低下から生じるリスクが軽減されることにより、胎生への進化が可能になったのではないかというものだ。
今回の研究で提唱された仮説が、トビトカゲ亜科以外のトカゲ・ヘビ類にも当てはまるのかどうかは、今後世界中の研究者により検証されることになるという。人類を含めた哺乳類とは異なり、柔軟な繁殖様式を維持し続けるトカゲ・ヘビ類の進化に関する理解が、今回の研究を起点にさらに深化することが期待されるとしている。