情報通信研究機構(NICT)は10月7日、文部科学省新学術領域研究「太陽地球圏環境予測:我々が生きる宇宙の理解とその変動に対応する社会基盤の形成(PSTEP)」の下、国内関係機関と協力して作製した報告書「科学提言のための宇宙天気現象の社会への影響評価」を発表した。

同報告書は、太陽活動を主要因とする宇宙天気が、日本においてどのような影響を及ぼし得るかを過去の文献・観測データなどを基に評価したものだ。衛星運用、通信、放送、測位などのそれぞれの分野において、社会的に大きな影響を与える現象がどのくらいの頻度で発生する可能性があるかが示されている。

今回の発表を行ったのは、NICT電磁波研究所宇宙環境研究室。報告書の執筆編集委員は、以下のメンバーで構成されている。久保勇樹氏、陣英克氏、垰千尋氏、津川卓也氏、長妻努氏、中溝葵氏、西岡未知氏(以上、NICT)、石井貴子氏、一本潔氏、海老原祐輔氏、余田成男氏(以上、京都大学)草野完也氏、三好由純氏(以上、名古屋大学)、片岡龍峰氏(国立極地研究所)、古賀清一氏(JAXA)、齋藤享氏(電子航法研究所)、佐藤達彦氏(日本原子力研究開発機構)、中村雅夫氏(大阪府立大学)、藤原均氏(成蹊大学)。編集はNICTの石井守氏、塩田大幸氏が担当した。

太陽フレアやCME(Coronal mass ejection:コロナ質量放出)などの太陽活動が主な要因である宇宙天気は、社会に様々な影響を与えることが知られている。宇宙天気現象の規模が大きい場合は、通信、放送、測位などの電波利用に加え、衛星利用や電力、航空運用など、人類の社会活動が大きな影響を受けてしまう。

  • 宇宙天気

    宇宙天気現象の発生と、社会への影響のイメージ (出所:NICT Webサイト)

例としては、1989年3月に発生した太陽フレアでなどが知られる。このときは、カナダ・ケベック州において約10時間にわたる大規模な停電となり、経済的に大きな損失も発生した。また、2003年10~11月には大規模な磁気嵐が発生。日本の科学衛星を含む宇宙機の約59%が影響を受け、24%のミッションが安全策を取ることになった。

宇宙天気による災害は希とはえ、一度発生すると広範囲で大規模な影響を人類社会に与えるのが特徴だ。しかし、どれくらいの規模の現象がどのくらいの頻度で発生するかなど、社会への定量的な影響についての議論は現状では十分でないという。宇宙天気予報の警報を発信したとしても、宇宙天気災害に対する備えをどうすべきかについての指針がないため、その結果として社会において過剰に心配されてしまうか、あるいはその逆で無関心に陥ってしまっていたのである。特に日本の場合は、太陽活動の影響を受けやすい高緯度から離れているため、宇宙天気の影響を過小に評価してきた傾向があるという。

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    太陽放射線被ばく警報システム(WASAVIES)で計算された、大規模フレア時の宇宙放射線による被ばく線量分布。白線は航空路。日本はほぼ最も少ない紫色の5μSV/hの範囲内に入っている (出所:NICT Webサイト)

しかし今後は、自動運転やドローン物流などが実用化されてくると、太陽フレアやCMEの影響を受けてしまう危険性が上がってくる。宇宙天気災害で衛星測位や通信などが機能しなくなった結果、誤作動を起こして事故につながってしまうような事態は、適切な対策を採って避ける必要がある。また、これから通信サービスなどに多数の小型衛星を利用するケースも増えてくることから、それらも対策を講じておかなければならない。

そうした中、2015年度から始まったのが科学研究費補助金のPSTEPだ。2019年度までの5年間にわたって活動が行われた。執筆編集委員会は前述した国内の研究者で編成されており、現在得られている知見を駆使し、今後、どの程度の宇宙天気現象が発生し得るか、その際に、どのような社会影響が発生し得るかについての検討が重ねられた。

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    各分野における宇宙天気の影響と頻度一覧表 (出所:NICT Webサイト)

なお、これまで、一部の分野で宇宙天気現象の影響を検討してきた例はあるが、日本において宇宙天気現象の社会影響を網羅的に検討して評価したのは今回が初めてだという。

また、PSTEPではこれまでの知見だけでなく、同活動で新たに得られた知見も含まれている。例えば、日本は中緯度に位置する島国ということもあり、地磁気活動が誘導する地電流が電力網に与える影響などは従来無視されてきた。しかしPSTEPの研究の中で、その認識を再検討するべき結果も示されているとした。

また、2017年9月に大規模な太陽フレアが発生した際には、宇宙放射線による地上での影響が懸念される問い合わせが多くあったそうだが、今回の評価によれば、地上における健康への影響はほぼないという結果になったという。

これらの情報を基に、各事業者が適切な対応策を取ることで、災害レベルの宇宙天気現象に対して、正しい知識が普及し、社会的な強靭性が増すと考えられるとしている。

ちなみにNICTは、2016年に宇宙天気の情報を提供する研究者とユーザーによる「宇宙天気ユーザー協議会」を設立。データの適切な利用について検討が行われてきたが、2020年10月13日(火)にオンラインにて協議会を実施して今回の「科学提言のための宇宙天気現象の社会への影響評価」についての報告を行うとしている。今回の報告書を基に、今後、宇宙天気情報のユーザーとのコミュニケーションを図り、ユーザーサイドの具体的な対応策の検討まで進めることで、最先端の研究成果を社会活動に取り入れる好例としたいと考えているとした。