• SPACE FOODSPHERE

    SPACE FOODSPHEREが描く2040年ごろの食のソリューションの一つ

宇宙日本食はISS(国際宇宙ステーション)で大人気だという。現金を使わない宇宙生活で何かお願いするとき「御礼に(宇宙日本食の)カレーをあげるから」の一言が絶大な効力を発揮するのだと、ある宇宙飛行士に聞いたことがある。そして今、日本のフードテックはISSを超え、月を目指す。NASA主導で月有人着陸を2024年に実現しようという「アルテミス」計画が掲げられているが、月面での「食」を早々とターゲットにあげているのは、日本だけだ。

「日本食はヘルシーで美味しい。また島国であり資源もエネルギーも大切に使う環境技術が発達している。だから日本は食のマーケットで勝つことができる」ユーグレナ執行役員である鈴木健吾氏は食分野における日本の優位性を、こう分析している。

100億円以上のファンドを運用し、人類の課題解決を目指す研究開発型ベンチャーに投資を行うリアルテックファンドの小正瑞季氏は宇宙関連で人工衛星や月着陸機、アバターロボットなどのベンチャーに投資してきた。「次の領域は何かと考えた時、人が宇宙に行く時代に勝ちうるのは食ではないかと。リアルテックファンドでは、これまで地上のフードテックに投資してきたが、日本はこの分野で強いベンチャーが粒ぞろい。宇宙という新しい場所でも勝てるのではないか」と語る。小正氏は2020年4月、JAXAや民間企業、研究機関などと一般社団法人「SPACE FOODSPHERE(SFS)」を設立、代表理事を務める。SFSは地球と宇宙の食の課題解決を掲げる。

地球上では人口爆発、食料危機、環境問題などプラネタリーバウンダリ(惑星の限界)が叫ばれる。災害が頻発し、コロナ禍が惑星を覆う今、地球は極限環境化していると言えるかもしれない。一方、地球の外に目を向ければISSは今年、宇宙飛行士が滞在し始めてから20周年を迎え、さらに遠い宇宙、つまり月や火星で人が暮らすことのリアリティは増している。少ない資源を循環しながら食料を生産し、栄養バランスがとれた食事で心身の健康を維持するにはどうすればいいか ー これは宇宙と地上の食に共通の課題である。

環境問題や食料危機に対応するため、地上では植物工場や培養肉といったフードテックに期待が集まる。これらの技術は宇宙で活用できるポテンシャルがある。だが、宇宙で使う段階には未だ至っていない。「技術を高度化して統合する必要がある」(小正氏)。それが実現できれば、宇宙での持続可能な生活が実現できると同時に、地上に技術を還元することが可能だ。

実は2020年6月に改訂された国の宇宙基本計画では「宇宙を推進力とする経済成長とイノベーションの実現」の項目の中に、食料供給システムについての記述がある。「今後10年程度の有人宇宙活動の拡がりを見据え、完全資源循環型食料供給システム及び閉鎖空間での『QOL』を飛躍的に高める食の実現に向けた産学官の連携強化、共同研究の促進並びに協調領域の場の形成等を通じて、宇宙空間での生活を支える産業育成を推進する。(農林水産省) 」。つまり宇宙で目標とする食の実現を通じて、産業を育成しようという国の方針が打ち出されているわけだ。

では具体的にいつ頃、どんな形での食料供給システムを目指すのか。8月末に行われた「SPACE FOODSPHEREカンファレンス2020」で語られた。

2040年、月面に1000人(一基地あたり100人)が暮らすには?

同団体は2040年代に100人(1基地あたり)が持続的に居住可能な月面基地を実現することを目標にロードマップや具体的な食のシーンを描いた。

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    2040年、100人が暮らす月面基地のイメージ (C)YUSUKE MURAKAMI/SPACE FOODSPHERE

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月面の食事情が高度400kmのISSと大きく異なるのは、物資補給がなかなかできないことだ。ISSには数か月に一度、貨物船が食料を運んでいる。ISS内では実験としてレタス栽培などは行われているが、食料生産システムはまだ実現していない。食料はほぼ地上からの補給に頼っているのだ。

一方、月面に物資を運ぶには莫大なコストがかかる(1kg=1億円以上とも言われる)し時間もかかる(月面には片道約3日)。だからリサイクル率をあげ、生産性をあげなければならない。「完全資源循環型」で「高効率な」食料供給システムを作り上げることが必要となる。つまり月面で地産地消ならぬ「月産月消」しようというのである。

また、食は栄養補給のためだけではない。簡単に地上に帰ることができない月面基地という閉鎖環境で暮らす時、食は身体はもちろん心の栄養にもなる。SFSは「閉鎖空間のQOLを高める食」もテーマに掲げた。